盛岡から先は第3セクターIGRいわて銀河鉄道で北上し、
旧東北本線をたどろうかと思っていたが、
これまでの東北本線同様にロングシートの701系電車であろうことは
予測できたので、ディーゼルカーに乗って花輪線を経由することにした。

 JRの改札口をくぐると、案内に従って進む。
かなり遠い。
新幹線に乗り換えるよりも遠い。
時間がかかる。
10分以上を要するとは、本当に元は一つの線路であったのかどうかすら
わからないぐらいである。
そして、IGRいわて銀河鉄道の切符を買って改札をくぐると、
国鉄色のディーゼルカーが見えてきた。

 IGRいわて銀河鉄道のホームで待っていたのは
大館行の快速<八幡平>である。
JRグループの現存車両の中でも
最古参のキハ52形とキハ58形で組まれている。
国鉄急行色のディーゼルカーはどこか懐かしい。
それだけでなくこのキハ52形の古いヘッドライトも
JRではこの形式だけになった。
盛岡地区ではこのような国鉄型のディーゼルカーが
いまもなお健在である。
しかもこれらは非冷房車両であり、
夏場は窓を全開にしなくてはならない。
いまどき珍しい車両であるし、
一昔前の鉄道旅行を堪能できるのは嬉しい限りである。

 16時44分、定刻に盛岡駅を発車する。
ディーゼルの煙が上がる。
久しぶりに聞く重々しいエンジン音。
八戸まで延びる新幹線高架橋はまだまだ新しい。
花輪線が分岐している好摩までは旧東北本線であるから
第3セクター上といえども走らなくてはならない。
したがって、盛岡駅のホームは東北本線、田沢湖線、山田線と、
IGRいわて銀河鉄道、花輪線列車がそれぞれ
同じ改札口でくくられている。
花輪線列車のみが第3セクターのホームから発着するわけである。
盛岡〜好摩間の運賃収入をいわて銀河鉄道側としても、
漏らさず徴収したいのだろう。

 好摩まで630円の区間。
盛岡からちょうど通勤通学圏の端にあたる。
厨川、滝沢、渋民と順番に停車し、高校生や買い物客がどんどん降りる。
高速貨物列車が頻繁に走る線路の上を、力走していく。

 本当に急行列車さながらだと思う。
車内はいつのまにかボックス一つが空くぐらいにまで減っていた。
花輪線内まで利用する人たちのほとんどが高齢者であった。

 花輪線に入ってから最初の停車駅である大更で、
盛岡行の普通列車とすれ違う。
あちらも国鉄急行色であった。
雪にとてもよく似合う色だと思う。
ドアが閉まってブルルンという身震いのような吹き出しを見せ、
一呼吸おいてから動き出す。
軽油の油臭さは国鉄型特有のもの。
お互いにエンジンを勇壮に鳴らしながら発車していく。

 車窓左手に岩木山が姿を現した。
盛岡到着時点では正面に見えていた山であるから、
けっこう進んできたことになるのだろうか。
岩手県のシンボル的な山である。

 キハ58形と52形の連結面にある運転助士席に陣取る。
客室内がボックスシートなのはいいが、
窓のサッシにテープが貼られていたからである。
暖房が入っているから全開にするわけではないが、
土地の空気が味わえない。
仕方なく助士席から外の空気を味わうことにする。
景色も空気もきれいだ。
重そうなジョイント音がリズムよく響き渡って、
ローカル線の風情をいっそうよくしているように思われる。

 助士席にいると車掌さんがやってきた。
「枯枝などが危険ですので、顔は出さないようにするか、
十分ご注意ください。」という。
なるほど。
そういう意図があって窓を開けられないようにしていたのかと思う。
しかし、テープで固定とはいかにも安っぽいなと思う。

 盛岡から45分ほどで松尾八幡平に到着した。
花輪線内にはもうひとつ、鹿角花輪の手前に八幡平駅がある。
松尾八幡平と八幡平とで何がどう区別されているのか、よくわからない。
単に地名の違いだろうか。
雪に埋もれたホームがいかにも東北らしい。

 松尾八幡平を発車した列車はさらにスピードを上げる。
一時期はスキー列車が走っていた安比高原を過ぎて、
荒屋新町に到着する。
日が沈んでいよいよ夜が近づいてきた。
雪景色だと窓の外は青くなるのだなと、このとき思った。



奥州の都

八幡平の風

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花輪線・快速<八幡平> @

岩木山の懐
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