15時53分、陸別に到着。
列車は7分停車しするが、ここで途中下車する。
陸別町は日本で最低気温を記録した極寒の土地。
この土地にて鉄道に触れたいとは、
陸別町の人たちに申し訳ない気もするが
“日本一寒い町”との看板が堂々としている。

 池北線は木材と農産物の輸送で賑わいを見せていたが、
農業の酪農化や道路整備、過疎化により輸送需要が減少。
JR北海道に引き継がれても赤字改善の兆しが見えないことから、
北海道と沿線自治体が第3セクター方式で引き継ぐこととなり、
第3セクター北海道ちほく高原鉄道の誕生に至るわけである。

 駅舎は町の所有物になっていて、
道の駅・オーロラタウンりくべつとあった。
駅舎が道の駅としてきれいに整備されたりするのは
第3セクターゆえにできることと思う。
2階は宿泊所になっており、1泊4000円。
安いかどうかはわからないが、沿線にはホテルなどはない。
ぼくはこういった設備はありがたいと思う人なので、
早速売店にいた人に銭湯か温泉はないかと尋ねる。
すると、町の健康センターなら風呂に入れるとのこと。
道をきいてから行ってみることにした。

 風呂は気持ちよかった。温かさが身に染みた。
陸別町は日本一寒い町であるとともに、
日本で唯一、オーロラを観測できる銀河天文台がある町としても
知られている。極寒の土地ゆえに見られるものの1つ。
それがこの路線の愛称である、
“ふるさと銀河線”の由来にもなっている。

 今日は曇り空だから見ることはできないが、
1月や2月の寒い日には見ることができるかもしれない。
ダイヤモンドダスト、オーロラ。
ふるさと銀河線の沿線は、この土地にしかないものが多い。
陸別駅のホームで待っていると、
18時18分発の池田行きがやってきた。
ここで23分停車する。

 ふるさと銀河線は沿線に大都市がなく、
発足時から厳しい経営を強いられている。集客力向上のために、
カラオケ列車やJR北海道のSL列車を運転したりしたが、
大幅な改善には至っていない。また、任意の駅のモニュメントに、
入会金3000円で自分の名前を刻印できる
「ふるさと銀河線友の会」も募集しているらしい。
長距離路線であるため、
発足時に国から42億円の交付金が出されたが、
毎年の営業赤字は5億円にも上り、北海道と沿線自治体が
積み立てた交付金も底を突いている状態である。
これに加えて北海道が鉄道運行に
必要な財政支援をしないことを正式に決定。
沿線自治体による協議会は足寄〜北見間の高速道路建設などを
条件にバス転換を容認する姿勢を示し、鉄道存続が危ぶまれた。

 ぼくはふるさと銀河線の車両が好きだ。
性能や乗り心地などではなく、その車両にこめられた思いがだ。
冬の純白の大地をイメージする白を基調に、
ふるさとの温かさを表したオレンジ、高原を表したグリーン、
銀河を表すブルーのラインが入る。
車体側面に散りばめられた7つの星は沿線7市町村を表す。
沿線の人々がふるさと銀河線を愛する心を表しているのだ。
その鉄道が廃止されるのはぼくとしても大変遺憾に思う。

 そんな赤字まみれの第3セクターが
今日まで残っていたのには理由がある。
道東への鉄道高速化事業の計画があったからだ。
石北本線を高速化するか、ちほく高原鉄道を高速化するかである。
石北本線を高速化する場合は、北見峠、常紋峠といった
北海道最大の難所があり、工事が難航する恐れがある。

 対してちほく高原鉄道の場合は勾配も緩やか、
トンネルもなく直線が大部分を占めており、
140kmにも及ぶが工事が容易であることが挙げられる。
問題なのは高速化後の話で、
札幌からの特急列車が通るようになれば沿線は賑わうが、
石北本線のほうが寂れる結果となることは必至。
これにJR北海道が難色を示しているのである。
道東自動車道が足寄まで開通していることを考えると、
当然のことと言えなくもない。。。

 23分の停車の後、列車は18時18分に発車した。
車内は閑散としている。陸別も足寄も深閑としていた。
夏に来た時とは道路の交通量が段違いに少ない。
これが沿線人口の少なさであり、
夏に増える分は内地(本州)からの観光客なのだと、そう思った。
時刻表を見ると陸別から池田までの最終列車だった。
利用者のほとんどは高校生、あるいは高齢者であり、
通勤に使っている人がいないのである。
他の路線とだいぶ違うところではある。

 19時46分、終点・池田に到着。
140kmにも及ぶ冬季の輸送や学生・高齢者の安全確保など、
バス転換の問題点も残されたままだというのに、
鉄道廃止→バス転換の構図が出来上がっている。
なんとも腑に落ちない気がする。
池田駅のホームに降り立つ時に、運転士に運賃を払うと、
“ふるさと銀河線・乗車証”なるものをくれた。
「ふるさと銀河線に乗って、みんなで残そう!」と書いてあった。
これだけ風光明媚な路線、北海道を感じさせてくれる路線は、
大部分のローカル線が廃止された北海道においては貴重である。
皮肉なことに、
“2006年4月をもって・ふるさと銀河線廃止”の決定が
下されたのは、これからわずか1ヵ月後のことだった。



凍てつく鉄路

風雪の翼

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第3セクター・ふるさと銀河線の旅 A
オーロラの見える町で
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