スーパー宗谷で音威子府駅から宗谷本線を南下する。
本当なら各駅停車でめぐりたいところではあるが、
乗りたい列車が今日はあと3つもある。
欲張りだが、知りたいこと、味わいたいことが多い。
そのための北海道フリーパスだと思っている。

 旭川着11時12分。
8分という好接続で、網走行き特急<オホーツク3号>に
乗り換える。ローカル線廃止により失われた路線が多い
北海道において、最果て網走をめざす特急列車である。
高速化されていない石北本線の特急列車。
これが一つめになる。

 旭川では6分停車する。
その間に乗客はホームに降りてジュースや駅弁を
買ったりしている。
札幌〜旭川間は非常に利用が多いらしく、
自由席からは大量に下車がある。
それでも指定席は満席近い。

 オホーツク海岸は流氷の観光シーズンで、
特急も増結されて6両編成となっているのだ。
ぼくは観光ではないからあまり気にしないが、
他の乗客は退屈そうだ。
札幌〜網走間は5時間半かかる。
これだけの所要時間が、最果てへの距離を演出していることにも
気付かないのは、いかにも観光客らしい。
ぼくはそんな人たちなど我関せず、窓に張り付いて、
一人ワクワクしているのであった。

 勇ましいエンジン音とともに発車し、
旭川の市街地を高架で駆けていく。旭川四条を通過して
スピードが落ちると、新旭川を通過。
ゆっくりと分岐器を渡って、宗谷本線から石北本線へと進入する。

はじめて乗る路線に入るときの、
背筋がぞくぞくっとする感覚があり、内心笑ってしまう。
旭川発車時点で感じていたから、2度目だ。
進路を東にとり、前方には石狩山地が迫ってきた。
といってもこの吹雪では見えるはずもないのだが。

 それにしても、特急“オホーツク”とはいい名前である。
北海道で乗りたい特急列車は何かと聞かれたら、
真っ先にこの石北本線の<オホーツク>と、
宗谷本線の<サロベツ>を挙げるだろう。
最も北海道らしいと思うからである。
釧路への<おおぞら>もいいが、
いまはすべて<スーパー>になっているのでいけない。
旅情を演出するのにこの2つは十分である。

 同じく九州らしい特急といえば<にちりん>、
四国らしいのは<南風>、<しまんと>、<うずしお>。
列車名と行先ががっちりかみあう列車は特に好きだ。
他にも<出雲>、<くろしお>、<いなほ>、<とき>、<日本海>、
<かもめ>、<きたぐに>などなど。
いい名前だ。

 市街地が続いたのでうとうとしかかっていると
12時01分、上川到着。ラーメンで町おこしをした町である。
乗降はあまりない。層雲峡への玄関口でもあるが、
この時期はやはり少ない。

 上川を発車すると、北海道の屋根と呼ばれる石北峠にかかる。
石狩山地を越えなくてはならないのだが、石北本線には駅がない。
上川の次の駅・上白滝まで、34kmもある。
これはJRの駅間距離では最も長い。
高度を上げるにつれて、窓に氷が付くようになる。
しばれる雪景色が外にはある。
ますます旅情はかきたてられる。

 川だけがそばを流れる人気のない谷で、列車が停まる。
旧奥白滝駅のあった信号場で、特急<オホーツク4号>と
すれ違うのだった。

 オホーツク4号とすれ違った信号場は、
かつて奥白滝という名の駅だった。1日の乗降客数が0になり、
JR北海道が廃止を決めた駅である。
駅間距離34kmの峠道には人の気配はまったくなく、
人跡未踏の地なのではないかと思うくらいだ。

 次の上白滝駅もそうである。
1日1往復しか列車は停車しない。
やっと駅らしいものが見えたときには白滝駅だった。
そこでは北見行きのコンテナ列車が待っていた。
凍てつく峠路を避けて、秋から春にかけて運転されるもので、
北見地方に物資を供給する列車。
本来の鉄道が持つ役割を十分に担う列車である。

 上白滝に続いて、旧白滝、下白滝も停車列車の少ない駅だ。
下りは1本、上りは3本と、極端に少ない。
この区間だけで、白滝と名の付く駅が4つ続くが、
単にこれはもともと土地の名前がなかったからでもある。
白滝の前後にある駅と解釈するのがよさそうだ。

 丸瀬布に停車した後、15分で遠軽に到着する。
西側には瞰望岩がそびえている。
これが遠軽の地名の由来“インガルシペ=見張りするところ”の
意味に直結している。

 この瞰望岩からは、遠くオホーツク海も見えるという。
このオホーツクの到着にあわせて、
駅弁の立ち売りの姿も見られた。
遠軽の駅弁といえば“かにめし”。
特急オホーツクの車内でも予約によって入手可能となっている。
2分停車し、進行方向を変える。
本線では珍しい、スイッチバックの駅でもある。

 遠軽からはかつて、名寄本線が分岐していた。
歴史的にはこちらのほうが歴史は古く、旭川方面への線路を
計画した際、地形状の制約を受けて石北本線を通しで
運転される列車は、スイッチバックを余儀なくされるに至った。

 したがってY字型の駅構内の先には、名寄本線の廃線跡がある。
その名寄本線も湧網線、渚滑線、興浜南線を分岐する幹線で
あったため、起点となる遠軽は交通上の要衝となった。
その名残が名寄本線跡側にあり、
蒸気機関車用ターンテーブルが残っているが、雪に埋もれている。
巨大な扇形機関庫も今はない。

 遠軽で方向転換した特急<オホーツク3号>は、
安国、生野と軽快に進む。
生野は遠軽方面の普通列車が1日1本という駅。
この地方はそんな駅が珍しくないようだ。

 生田原に停車して、急勾配にかかる。
常呂と紋別の群境を越える“常紋峠”である。
人家も稀な深い自然に囲まれた山中を、雪煙をあげながら駆ける。
列車の速度は目に見えて落ち、エンジンは高らかに唸る。
急勾配に急カーブ。鉄道が最も苦手とする線形だ。
エンジンを唸らせ続けた<オホーツク3号>は、
タイフォンを鳴らすと、トンネルに吸い込まれた。
標高345mの常紋峠のサミット・全長507mの常紋トンネルである。

 常紋トンネルは「タコ部屋」に従事した強制労働者によって
掘られたトンネルである。
非人道的な扱いを受け、逃亡に失敗してリンチを受けたり、
病死したり熊に襲われる者も多かったという。

 この常紋トンネルの建設工事で出た犠牲者は百数十人。
遺体は穴を掘って埋められたり、盛り土の下に葬られたりした。
中には見せしめのために人柱となってトンネル内壁に生き埋めに
なった人もいたようだ。
レンガ壁の影から人骨が発見されたのこともある。

 その手作業で建設されたトンネルを抜けると進行方向の右手に
信号場が見えた。
スイッチバック式の常紋信号場である。

 常紋信号場も、2000年に廃止になった。
スノーシェッドに囲われ、蒸気機関車撮影のメッカだったところ
であるが、除雪もされずに雪に覆われたままとなっていた。
サミットを過ぎたのであとは下り勾配。
軽快に駆け下りて留辺蘂に停車し、
18分でこの地方の中心都市・北見に到着する。
乗客の半分以上が下車していく。
ホームの端には貨物列車発着用ホームもあり、
先ほどとは別の貨物列車が付け替え作業中であった。



音威子府駅

凍てつく鉄路

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厳冬の石北本線・特急オホーツク
人煙途絶えた峠路
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