釧網本線で釧路に着いたあとは根室本線である。

 16時14分発の根室行普通列車は1両で、席がほとんどふさがっていた。
根室本線は函館本線の滝川から根室に至る446.9kmの幹線である。
しかし特急列車が走っているのは釧路までで、そこから根室までの
135.4kmは列車本数が半減し、車両数も1両もしくは2両で、ローカル線
同然の路線となる。あたかも別路線であるかのように「花咲線」という
愛称がついている。「釧路本線」と「根室線」にでも分けられてしまいそうだ。

 根室本線が開通した戦前は釧路と根室の経済格差がなかったから
だろうが、戦後における釧路の工業発展と阿寒国立公園の観光客増加、
それにひきかえ千島列島を失った根室の衰退が、この格差の背景である。

 根室行普通列車は定刻に発車した。
東根室で釧網本線と分かれ、武佐、別保と釧路の市街地の中を走る。
下車客もあり、混雑していた車内が多少なりとも落ち着いてきた。

 これから根室半島をたどるわけだが、中学の頃に社会科の授業で
地図帳を眺めていて「釧路付近の根釧台地は、平野部の分類なのに
なぜ台地なのか?」思ったことがある。大まかな地図で見れば
この根釧地方は一面に淡緑色で塗られているので、つい平野部のように
錯覚するが、それは海抜100あるいは200m以下を一律に淡緑色で表す
という悪い習慣があるからである。

 だから、別保から先で丘陵地帯にさしかかると意外な感じがしてくる。
立派な林相の山間を行く路線のようだ。上高地から高山へ抜けるときに
安房峠や平湯峠などの高い峠を越えるが、ちょうどそれにそっくりである。
緯度が高いので、低い丘陵でも高山のような風景が広がっているらしい。

 上尾幌、尾幌に停まり30分ほど山中を走ってサイロの点在する牧草地を
走ると門静で海に出る。太平洋であった。厚岸湾に突き出たアイカップ岬の
断崖が見えてくると厚岸に着いた。

 厚岸は江戸初期に幕府によって開かれたというから北海道にしては
歴史の古い町である。ロシアに対する防衛と仏教布教のために幕府が
建てた寺もあるらしい。北海道には寺のイメージはないから場違いな気さえ
してくる。町外れの国泰寺という寺がそれであり、蝦夷三大寺の一つである。

 アッケシはアイヌ語で「カキのいるところ」という意味である。
海とつながった厚岸湖には天然カキの殻が自然に堆積してできたという
カキ島があり、その上に鳥居が立っている。潮が満ちていたのか
見えなかったが、またの機会にでもと思う。

 厚岸駅は“かきめし”の立ち売りで有名である。
5分停車なのでホームに出るが、立ち売りがおらず改札へ行ってみると
売店も閉まっていた。改札の駅員に訊いてみると、午前中で駅弁の販売は
終わりらしく、先日の夜行特急<まりも>から接続する快速<はなさき>に
乗るべきであったかと知る。これもまたの機会らしい。
いずれまた来ることになるだろう。厚岸を定刻に発車する。

 北海道の太平洋岸は沖合いで寒流と暖流がぶつかるので、
海霧が発生しやすい。対岸の半島を海沿いに東へ向かえば、その名も
“霧多布岬”なるものがある。晴れている日のほうが少ない土地である。
列車はそちらには渡らずに内陸へと進む。厚岸大橋は右後方へと遠ざかる。

 厚岸湖の北岸から細長い湿原へと分け入っていく。
ヨシの茂る中を澄んだ水が流れている。チライカリベツ川とあった。
人家はまったくなく、淋しさ極まる川だ。おそらく原始そのままの姿をとどめて
いるのではないか。すでに夕暮れだが、昼でもこんな湿原に迷い込んだら
ズブズブと吸い込まれてしまいそうだ。

 暗くなってしまったが、眼を凝らして窓の外を見る。
糸魚沢、茶内を過ぎて、霧多布への下車駅である浜中を発車すると
根釧原野が広がる。他はどうも低い丘陵地帯と湿原を縫っているように
感じる。灯りは一切ない。こんなところに線路を敷いてこの先に何があるのか
と訊きたくもなるが、行ってみなくてはわからない。

 姉別、厚床、初田牛、別当賀、落石、昆布盛、西和田、花咲と停まる。
何もわからないし、何も見えなかったが、昆布盛を過ぎた辺りから
灯りが見え始めた。台地のはずだから上下に並んで見えているのは
土地が起伏しているからだろう。

 この花咲線の沿線はどこをとってみても内地と非常に違っている。
もっとも北海道らしい区間なのではないだろうか。と思っているうちに
東根室駅に着いた。日本最東端の駅である。





湿原の神々

日本最東端の駅

北紀行TOPへ



根室本線の旅 @
最果てへの道しるべ
広告 [PR] カード  資格 転職 スキルアップ 無料レンタルサーバー