北浜駅で下車した。

 すぐそこに流氷の小さな塊が浮いている。
小さいといっても人よりは大きい。こんなものがはるか北のロシアから
流れてきたのかと思うと、自分が本州から旅をしてきたのは
何だったのかと思う。流氷がやってくれば港も閉ざされ、
漁民にとっても大変な迷惑であろう。

 海辺に下りて流氷の大平原を想像する。

 想像に余りあることには違いないが、ここの風情からはそれが
できそうな気がした。これらの氷塊が群となって海を覆い尽くし、
波のうねりもないまま厳として静止しているのである。少ない氷塊が
物音たてずに、そこに浮いている様もわびしいが、本当に何も動かない。
静だけの世界がある。そんな海があろうとは思いもよらなかった。

 この氷塊の前では、漁民の迷惑や、自分のはるかなる旅の思いなど
小市民的な心情として押しつぶされてしまいそうだ。日本の自然の景観で
最も印象の強いものといっても過言ではない。

 どこまでが陸地でどこからが氷なのかもわからないところがある。
突き立った氷片はせめぎ合う圧力によるものだろう。その断面は淡緑色
の美しくも不気味な色をしている。これが厳しさというものなのだろうか。

 網走から知床斜里まで1時間弱。
その間に流氷の見える区間が3分の2もあるのはありがたい。
この釧網本線の存在価値は大きい。

 寒くない季節に原生花園を歩くのも、阿寒湖で“まりも”を見るのも
札幌でジンギスカンをつつくのもいいのだが、それだけで北海道の
イメージは完全に形成されはしない。冬を知らずに北海道は語れない
と思う。遠くに見える知床連山に守られて、オホーツク海沿岸は
厳しい冬をまもなく終えようとしているのである。


 北浜駅は小さな駅である。
かつては駅員もいたのだが、無人化の折に喫茶店が開業した。
列車も本数が少ないので線路上を歩いても問題ない。
ホームに展望台があり、そこからも知床連山が見渡せる。

 ここには無人化されても駅長はいた。
ニャンタロと呼ばれていたネコである。喫茶店・汽車場のマスターに
聞くところによると半年前に病に倒れて、そのまま他界したという。
ここを訪れる旅人の皆に愛された猫だったらしく、その一人が描いた
絵はがきが置いてあった。

 ニャンタロに会いたくて降りたわけではなかったが、
いないとなると寂しくもなる。なかなか今日は天気以外めぐり合わせが
悪いのかもしれないなと思う。

 10時15分発の快速<しれとこ>釧路行に乗り、
再び釧網本線をたどることにした。浜小清水、止別と停まる。
先ほどと風景は変わらないように思えるが、太陽の高さが違う。
それによって空の青さも違ってみえる。

 旅というものはそのときそのときで違う印象を与えてくれるらしい。





流氷の海

快速<しれとこ>

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釧網本線の旅 A
ネコがいた駅
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