8月21日(日)

 立つ鳥あとを濁さず。
昨日はドライヤーを溶かしてしまって潔く謝罪と弁償をした。
ホテルの人の温かさに触れ、おかげさまで後ろめたさもなく旅を続けられる。
天童駅へ向かう。昨日の洪水が嘘のような道路と街の風景。
路面は乾いているのだが、土のうは歩道に積まれたままになっていて、
横断歩道を渡るにはそれを乗り越えなければならない。
昨日は何だったのだろうか。
お金だけが飛んでいった感じがして虚しくなる。

 改札を抜けて2番線で待つ。
やってきたのは6時27分発の奥羽本線・新庄行普通列車である。
こんな雨に遭うくらいなら、山形で宿をとっておけばよかったのだが、
天童で宿泊することなどこの先ないと思うと、こっちを選んでしまった。
1つ記憶に残る街となった、将棋の駒の生産地をあとにする。

 乗って驚いたのだが、若者がロングシートに横になって寝ている。
座る場所に困ってしまう。夜遊んで帰るらしい。
中年の酔っ払いも若者も区別が付かない時代になってしまったか、
と、年寄り臭く嘆いてみる。
正直言って迷惑な話だし、マナーも何もあったものではない。
これもマイカー指向の副産物であると思う。
結局のところ、わがままが通じるマイカーとそうでない鉄道との違いが
わかっていない上に、公共のマナーを躾けられていないのである。
他の人も乗っている乗り物に、自分のわがままが通じるはずはない。

 神町、さくらんぼ東根、東根と停まるうちに
右手にあった山々が朝日に輝き始めた。雲が近いところにあり、
浮いているというよりは漂っているという感じである。
これが山郷を走る幹線・奥羽本線の魅力なのである。
海とは無縁の路線だ。

 大石田で6分停車。
米沢行きの普通列車とすれ違う。虻が入ってきた。
こんなことが起きるのも普通列車ならではだと思う。
北大石田、芦沢、舟形の順に停車し、7時20分に終点・新庄着。

 ここで奥羽本線と別れる。
福島〜青森を結ぶ幹線なのだが、福島〜新庄は山形新幹線の一部、
新庄〜大曲間はローカル線、大曲〜秋田間は秋田新幹線の一部、
秋田〜青森間は日本海縦貫線の一部と多彩な表情を持っていた。
 新庄は豪雪地帯である。
日本海側から最上川の谷へと湿った風が吹き込み、
それが奥羽山脈にぶつかるところに新庄が位置している。

 20番目の路線・陸羽東線の鳴子温泉行普通列車は
すでに入線していた。“奥の細道湯けむりライン”と書いてある。
沿線に温泉が多い路線なのだ。2両編成のディーゼルカーは
7時30分に発車すると、南新庄までは奥羽本線に沿って走る。

 長沢駅で一人のおばあさんが乗ってきた。
そのおばあさんは車両の一番後ろに荷物を置いて、体操を始めた。
久しぶりに見る行商のおばあさんだった。
何年ぶりだろうか。こんなところで会えるとはうれしいかぎりである。
もう今では見られなくなった元気な人たちの1人なのだろうか。
 今日は日曜日。
もしかしたら平日はもっといるのかもしれないなと思う。
そうしたらこの列車は行商列車と化すのだろう。
準備体操を終えたらロングシートで横になって寝はじめた。
酔っ払いなどと違ってこの路線を心得ているような気がする。
偏見だろうか。不思議だが、そんな気持ちになる。
昔から思ってきたことだが、行商の人たちこそ、
鉄道らしさが見られる乗客・最も鉄道を彩ることができる人たちだと思う。
なぜなら、車を使わず、そして人という最小単位で“人と物”が流れ、
その人たちが鉄道に集まって、流れていくのが見えるからである。

 瀬見温泉、鵜杉と停まりながら、最上では10人くらいが下車。
車内が空いてきたのを見計らってか、
行商のおばあさんは荷物を移動し始めた。
自分よりも大きな荷物を体にくくりつけて、「どっこらしょ。」
と言いながらペタペタと歩いてくる。元気な人だなと思う。
中学生の時まで生きていた曾祖母を思い出す。
遠く離れた東北の地で、ぼくがこんなことを考えていると知ったら
どう思うだろうか。何て言うだろうか。

 立小路を出て、赤倉温泉、堺田、中山平温泉と停まればもう宮城県。
温泉が多く、車窓はどこまでも奥羽の山々だ。
奥羽山脈の真っ只中にいることを実感する。
ズーズー弁が車内でも飛び交う。ここは紛れもなく東北なのである。
8時32分、終点・鳴子温泉着。

 ここで小牛田行普通列車に乗り換える。
行商のおばあちゃんともお別れである。なんと跨線橋ではなく、
JR社員用の連絡通路を使って階段を上らずに改札に消えた。
と、思ったらまだ荷物があって、ひょこひょこと階段を上ってまた現れた。
駅員とも顔なじみなのだろう。
もしかしたら鳴子温泉の観光客にものを売りに来ているのかもしれない。

 8時37分、鳴子温泉を発車して鳴子御殿湯に到着。
駅名もここまでになると趣がなくなってしまう。
いくら観光客誘致のためとはいえ、さすがに旅心も興ざめだ。
奥羽の山々が美しいのとは対照的である。
その山々が遠ざかり、山が開けてくると田畑が広がり始める。
宮城の米どころなのだろうか。

 9時20分に古川着。
東北街道が通る古くからの宿場町。東北本線が小牛田を通るようになり、
活気が失われたが、東北新幹線開業後は元気なようである。
東北本線とのジャンクション・小牛田に9時39分着。



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