郡山駅はジャンクションである。
南北に東北本線があるのは昨日の小牛田とて同じであるが、
磐越東西線に加えて東北新幹線と、ローカル線の水郡線もある。
この駅から7方向に列車が発車する。
それだけに人の集まり方も他の東北本線の駅とはだいぶ異なる。
特に、幹線から支線への乗換え客が多いのだが、
実はこれから乗る磐越西線も幹線なのである。

 関東から新潟へ向かう場合、険しい上越国境を越えるよりも
郡山から磐梯地方を経由するルートが古くから選ばれてきた。
いまから乗る27番目の路線・磐越西線のほうが、
上越新幹線のルートよりもはるかに歴史は古いのである。

 郡山駅3番線に下りると、15時10分発の
会津若松行快速電車はすでに入線していた。
外観は“会津あかべぇ”のイラストが施してある元急行型電車。
東北本線の上下列車が到着して、乗換え客を吸い込むかと思ったが、
発車間際に乗り込んでくる人たちは、
新幹線改札口から歩いてくる人がほとんどだった。

 新幹線からということは首都圏から来たはずである。
郡山をあとにした快速電車は会津若松を目指す。
停車駅げ少なくてもこんなに盛況なのは、おそらくほとんどが
会津若松まで行くのだろう。実際、市街地を抜けたところの
喜久田で降りた人は10人にも満たなかった。

 東北地方はホーム&アウェイでいうと、
ぼくにとっては完全にアウェイである。
知らない路線、はじめて乗る路線がほとんどだ。
乗ったことがある路線というと、東北本線と日本海側の羽越本線、
奥羽本線ぐらいである。そんなアウェイの東北地方において
乗ったことのあるローカル線が米坂線、磐越西線である。
大学1年生のとき、米沢に運転免許合宿で滞在した際に訪れた。
この路線の猪苗代湖畔を走る電車の中から、
知人にメールを送ったことがある。
4年ぶりだが景色は変わっていなかった。

 田園地帯を抜けていくと、
郡山盆地から会津地方へ抜ける中山峠にかかる。
その途中に中山宿という駅がある。
ここは勾配の途中にあり、すれ違いのためのスイッチバック式の
交換設備があったところである。時代が進んで、
蒸気機関車から勾配をものともしない電車の時代になり、
設備そのものが廃止されて、勾配の途中にホームがある。
旧ホームが朽ちていくのが見えている。
通過していく列車に無言で語りかけているようだった。

 峠を越えたら会津である。
猪苗代湖が迎えてくれたら、雄大な磐梯山が眼前に現れる。
鳥海山や大山に勝るとも劣らぬ秀峰である。
4年前と変わっていない。美しい山だ。

 ボックスの向かいに座っている方と会話をした。
東京からきた弁護士さんらしい。どうもローカル線は苦手らしい。
特にすれ違うための5分停車などはもどかしいそうだ。
旅をしている身なら外に出て背伸びでも、と勧められるが、
如何せん仕事中なので緊張を保つ必要もあるのだろう。
ぼく自身の道楽振りを知る。

 開き直って最長片道切符の旅をしていることを話すと、
どういうルートなのかと興味を示してくれた。
昨日の大船渡線の車掌どのと同様に時刻表の地図を使って説明する。
何か一つ、自分で決めた事を成し遂げることはすばらしくも難しくもある。
という言葉を頂戴した。
自分のやろうとしていることに興味をもってくれる大事な人だ。

 北海道と東北は違うのかと訊かれた。
それは先ほど磐越東線のときに考えた。
その疑問はぼくとて同じだったのだ。
だが、ずっと景色を見ながら列車に揺られて旅をしてみると、
動物も植物もそこにある自然が違っているのがわかる。
エゾシカとカモシカ、エゾマツと落葉樹。
その土地その土地に息づいた様式が異なる上に、
駅だってそれぞれ異なるので乗ってくる人たちも違う。
その移り変わりを端的に感じさせてくれるのが方言である。
稚内から旅をして9日間で体感したことだと言うと、頷いておられた。
土地の人でなくとも、乗り合わせた人、
初対面の人との出会いは貴重である。
それが列車に揺られる旅の醍醐味であると思った。

 16時18分、会津若松着。
会津藩の城下町である。鶴ヶ城や母成峠にも行きたいが
そうすると、今度来たときに巡る場所がなくなる。
レンタカーの必要もある。今回はやめておこう。
ほとんどの乗客が改札へと消えていく中、ぼくは階段を上る。
「よい旅を!」と一言いただく。
ありがたい。
このままいい旅を続けようという気持ちになる。
「ありがとうございました。楽しかったです。失礼します。」
と、弁護士の方に別れのあいさつをしてから、3番線に下りる。
貴重な時間だった。



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最長片道切符の旅・9日目
21.磐梯山の麓
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