会津若松駅も郡山ほど大きくはないがジャンクションである。
会津地方の中心らしい風格を持つ駅だ。
4年前に来た時は、ここで喜多方ラーメンを食べた。
喜多方まで行こうと思ったが時間がなかったためである。

郡山からと喜多方からの磐越西線並び、仲良く駅構内に入る。
行き止まり式のホームの端からは只見線と会津鉄道の列車が出る。
いろいろな人が集まるのは郡山も同じだが、ここは圧倒的に
地元の人が多い。よそ者は一目でわかる。

 磐越西線、喜多方方面の3番線に停まっていたのは
2日前の米坂線と同じ車両。迷わず非冷房の車両へ向かう。
暑い車内は高校生と買い物帰りの人でいっぱいだった。

 16時22分、“プワ〜ン”という懐かしい音とともに発車する。
東北で何度乗っていようとも懐かしさが漂う。
左手にターンテーブルのある扇形機関庫を見ながら、
今通ってきた郡山方面の磐越西線と分かれて単線非電化の路を行く。

 右側にあった磐梯山は後ろのほうへと移動し、
こちらの進路が西になっているのがわかる。
こんなすばらしい地方をただ通過するだけというのは
非常に惜しいが、やむを得まい。
各駅停車なので1つ1つ丁寧に停車し、乗客を降ろしていく。
3つ目の塩川駅で高校生の大半が下車し、車内は落ち着いた。
16時22分という会津若松駅の発車時間を考えると、
高校生が多いことぐらい予想はついたが、残念ながら的中。
それでもこれが磐越西線の“普段着”と考えると
納得してしまうから不思議だ。

 16時46分、喜多方着。
車内の大半が下車するが、もっと多い数の乗客を迎え入れる。
ラーメンと蔵で知られる町であるが、先程の弁護士さんが
おっしゃるには、そばがうまいということであった。
なるほどと思う。それが頭に入っていたから、
目に留まったのは「支那そば」の看板であった。

 交通上は喜多方といえば、いまは磐越西線の電化区間の
末端であるが、昔は山奥の熱塩温泉に向けて線路が伸びていた。
終点が日中であったから日中線という名だった。
この日中線、鬼怒川温泉〜会津高原を結ぶ野岩鉄道と
会津高原〜西若松を結ぶ会津鉄道を合わせて
日光〜米沢を結ぶ国鉄野岩羽線として建設されたものであった。
会津以南は会津鉄道、野岩鉄道として残ったが、
喜多方以北は米沢まで山を越えて通じることなく廃止された。
日光から米沢まで通じれば奥羽本線と合わせて
内陸部を貫くことができる。
これを東北内陸縦貫鉄道構想という。
国鉄が成し遂げることのできなかった夢の一つである。

 喜多方を出ると山に入る。
磐梯山に見送られ、峠を越えると山都に停車。
喜多方で乗った人たちのほとんどが下車してしまった。
山を越えて結ぶ鉄道の存在意義というものを感じる。
里人にとっては夏でも冬でも鉄道が有効な移動手段なのである。

 山都からボートをしている人たちのいる漕艇場を見下ろしながら
萩野に停車。“化石の里”とあった。
落書きのようなペイントがホーム床面に大量にある。
だんだんと山が深くなってきて尾登に停まる。
右も左も山だ。野沢では“歓迎SLばんえつ物語号”の横断幕があり、
SLの乗客を迎える準備が整えられている。

 上野尾、徳沢に停まってサミットが近くなる。
谷は深い山奥なのに、広い川幅を水がゆったりと流れている。
おかしなものだ。こんな山間をゆったりと流れる川があるのである。
ドライブインの看板を見て気付いたが、阿賀野川であった。
この流れのまま新潟市内から日本海へと注ぐのである。
その川面に靄がかかっていた。
流れがゆったりしているからこそ出る霧のようだ。
はじめて見た。思わず声を上げてしまいそうだった。
こんな水墨画のような光景は、晴れていてはお目にかかれない。
会津若松まで晴れていて、そこから西は曇とは運がいい。
この喜多方以西は、曇や雨の日のほうがすばらしいようだ。

 山々と川とが織り成す風景を堪能する一方、
線路は山肌にべったりと張り付いている。
ロックシェッドともスノーシェッドともとれるトンネルをいくつもくぐる。
この山々をトンネルで一気に貫いたりしないのが
新幹線にはない、古きよき鉄道のよさというものだ。
“森と水とロマンの鉄道”という磐越西線の愛称も頷ける。

 その悠々とした流れから急峻とした流れになったり、
ゆったりした流れになったりを繰り返す。
福島県から新潟県に入っているらしく、旧式のディーゼルカーも
軽快に下っていく。

 津川、三川、五十島と停まるうちに
車掌が車内改札に来た。最長片道切符を見せると、
「ほうほうこれは!稚内から肥前山口。
あ、磐越西線ね。ご苦労様です。チケッター押しましょうか?」
と言う。こんな親しめる車掌どのははじめてなので遠慮なくもらう。
名だたる駅名がたくさんあり、旭川車掌区の印もあったので
押したくなったのだろう。
“8.22 新津運輸区”を押してもらう。
せっかくのご好意、頂いておかねば損というもの。

 外は大雨になった。雷もなっている。
速度制限がかかる前に山を下りたようで一安心。
釧路湿原の時のようにはならないだろうが、
2日前の山形のような豪雨にはならないでほしいなと願う。

 日も暮れて夜になった。
市街地に入ったらしく、真っ暗だった車窓が華やぎを取り戻し始める。
18時56分、幹線が十字に集まる終点・新津に到着。
27番目のローカル幹線の旅が終わった。
この磐越西線のすばらしさを堪能できた人は、
感慨もひとしおなのだろうと思わずにいられなかった。

 途中下車印をもらう。
“新津”と書いてあるようだが、いまひとつわかりにくい。
新津は信州からの信越本線と、秋田からの羽越本線、
それに会津からの磐越西線が集まる鉄道交通上の要衝である。
JR東日本の自社の車両製作工場があるくらい重要な拠点だ。
そんな場所で宿がとれたら鉄道の旅“らしさ”が出るのだが、
今日は新潟まで行く。

 快速<くびきの5号>に乗る。
定刻だと19時14分発だが、20分遅れていた。
どうも長岡のほうで大雨らしい。
明日の日程がどうなるか、気になるところである。
なぜなら最も自然と闘う路線・飯山線が控えているからである。

 そんな思案の中、新潟駅に着く。
改札を抜けると、いい町だと思った。
秋田同様、人々に活気があふれている。活気の中に落ち着きがある。
元気でもどこかはしゃぐ感じのある名古屋とは違っている。
お昼前の<スーパーひたち>、鉄道ファンばかりの磐越東線、
弁護士さんと喋っていた磐越西線、
いずれでも食べるタイミングを失った駅弁を開ける。
仙台駅で買った“紅鮭はらこめし”。
紅鮭の切身とイクラが炊込みご飯の上に載った宮城の郷土料理。
うまいが、紅鮭の塩加減が少々濃い気がする。
牛タンの駅弁が姿を消し、仙台はいま、
代替商品となる駅弁を模索しているのだろう。
雨降りしきる新潟の町を歩いて、ビジネスホテルへ向かった。



21.磐梯山の麓

23.上越新幹線

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最長片道切符の旅・9日目
22.阿賀野川
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