県境をトンネルで越えて長野県に入ると、
ゆっくりと分岐器を渡り、18時18分、森宮野原着。
“もりみやのはら”。日本中探しても
こんなに響きのいい駅名はないかもしれない。
宗谷本線の音威子府もいい駅名だが。
ここも時刻表ではじめて駅名を見たときに、
いきたいと思った駅の一つである。15年くらい前の話だ。
神秘的なものを感じさせる駅名だと思う。

 国鉄で5m超という最多積雪量を
記録した駅としても知られる。
たしかに雪は深そうだ。県境の駅であるし、
何より飯山線の最深部にあたる駅でもある。
こんなに途中下車したくなる駅もそうない。
夏の季節にこの土地の雪の深さを伝えてくれるのは
分岐器のそばに設置されているヒーターと、
雪に埋もれて見えなくなったときのために
傍らに設置されている補助灯のみ。
分岐器が凍ってはいけない。

 駅員は配置されていないようにも見える。
森宮野原は十日町からはじめての行違い駅であるから、
果たす役割は大きい。
その重要な駅に駅員がいないのはいかがなものかと思う。
ならばいっそのこと途中下車してしまおうか・・・。
しかし戸狩野沢温泉での宿の位置がわからないので
できれば早めに着いておきたい。
途中下車はやめておく。

 越後川口行きの普通列車とすれ違い、再び山中に入る。
勾配を上りながら、1ヶ所徐行運転となっている所があった。
1週間不通となった土砂災害の現場のようだ。
斜面には青いビニルシートがかぶせられ、
線路のバラストは新しく敷き詰められていた。

 そうすると山奥なのに突然小さな駅が現れる。
横倉駅であった。ここは無人駅扱いで放送テープで
案内されているが、実は簡易委託駅である。
駅舎の横だったか駅前だったか忘れたが、
理髪店に駅業務を委託され、常備券で切符を発行している。
ぜひ降りてみたいと思っていた駅の一つである。
委託されている理髪店のおばさんがホームに花を植えて
手入れをしている“花の駅”なのであった。
駅名板の周りと駅舎からホームへの通路など、
所々に花が咲いていた。美しい駅だと思う。
人々の手で守られた駅も車両もぼくは大好きだ。

 空には雲がかかっているが、日没の時間である。
夕日は見えないが、雲のおかげで辺りは夕焼け色に染まる。
旅の途中、周りの空気がこんな色になっているのは
はじめてではないだろうか。
そんなオレンジ色に包まれた横倉駅をあとにする。
いつか晴れた日に、ここに来たいと思った。

 横倉から先は下りになっている気がする。
何となくディーゼルカーの足取りが軽やかなのだ。
平滝で1人が下車。
ついに車内はぼくの他に1人だけになった。
運転士を含めれば3人である。
これが飯山線のよさだろうか。
信濃白鳥、西大滝、桑名川と停まりながら辺りは真っ暗に。
そして18時56分、戸狩野沢温泉駅に着く。

 下車して途中下車印ももらう。
「すごい切符だなぁ〜。いくらすんの?」
と訊かれた。下車印が増えるにしたがって、
駅員さんに話しかけられやすくなっている気がする。
宿への道を訊いてから、礼を言って駅を出る。

 「飯山線沿線はねぇ、鉄道がないと
絶対にだめなところだからねぇ。」と言っていた柏崎駅の
駅員どのの言葉を思い出す。
その言葉がすべてを物語っているような路線だと思った。
“鉄道は乗客のために動かすものである”
そんな言葉が飯山線にはよく似合う。

 宿に入る。
1泊2食で6300円は安い。宿のお母さんの手料理もうまい。
温かいご飯はやはりありがたいものだ。
そんなご家族の方々に最長片道切符を見せると、
かなり興味を示された。不思議なものである。
たった一枚の切符でそれまで知らなかった
人同士がつながるのだから・・・。
この切符は券面に示された数字や行先以上に
もっと大きなものを持っていて、金額以上の価値を
自分に与えてくれていると感じた。
もう、この切符から逃げることはできない。
行先として書かれている、はるか彼方の肥前山口駅まで
旅をして、ずっと向き合わねばならない。
途中で投げ出してはいけないと、温泉に入りながら
考えたのだった。



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最長片道切符の旅・10日目
26.森宮野原駅
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