普通電車の窓から甲府盆地を眺めていると、
これまでたどってきた土地とはまったくの別世界のように感じる。
というのも、当たり前のようにあった水田がないのである。
代わりに広がるのはブドウをはじめとする見渡す限りの果樹園。
熟した桃がぶら下がっているところもある。
長野や山形に負けず劣らずのフルーツ王国であった。

 少しずつ高度を上げて石和温泉、春日居町、山梨市、東山梨、塩山に
停まる。この辺りまで来ると盆地の端のようだ。
大きく右へカーブして、盆地を囲む山々へと駆け上がっていく。
トンネルを大小くりかえし綴り、モーターを唸らせて走ると、
盆地がきれいに見渡せるようになる。これが甲斐の国である。

 向こう側には八ヶ岳をはじめとするアルプスの山々が一望でき、
三大車窓と呼ばれる北海道・狩勝峠、信州・姨捨、霧島・矢岳越えに
勝るとも劣らぬものだと思う。
首都圏からわずか100kmのところにこんなすばらしい風景が
広がるとは意外である。ここを特急で行くのはもったいない。
ゆっくり走る普通電車で窓を開けられることのほうが贅沢に思われる。
<あずさ24号>にも<かいじ116号>にも乗らなくてよかった。

 斜面が一面のブドウ畑となったところで勝沼ぶどう郷に停車。
幕末の戊辰戦争で旧幕府群と新政府軍とが戦った勝沼古戦場跡も近い。
そしてトンネルに入って甲府盆地をあとにすると、深い谷に入っていき、
甲斐大和、笹子と停まる。
笹子峠のサミットはトンネルで抜けてしまったらしく、
先程までのモ-ター音が嘘のように静まり、軽やかに下る。

 初狩駅ではいまだスイッチバック設備が健在であった。
ただ、本線を走る旅客列車は坂の途中のホームに停車し、
スイッチバックを使うのは貨物列車だけらしい。
一瞬だけ進行方向が変わるとわかっていても、車中でのふとした
刺激となるあの感覚は、今回はお預けらしい。残念だ。

 下ってきた谷は狭くなり、国道が上をまたぐと大月に着く。
もう東京は近いらしいのに、こんな山奥にいるのは不思議な感じがする。
大月とはそんな土地である。
富士山の北側、富士五湖や富士急ハイランドのある富士吉田へ伸びる
富士急行線が分岐している。フジサン特急の姿もあった。

 大月からは高校生の乗車が多数あったが、
大半が次の猿橋で下車してしまった。
猿橋は日本三大奇橋・猿橋のある場所である。
鳥沢、梁川、四方津、上野原、藤野、相模湖と停車するが、
山の深さにはあまり変化がない。新宿側から来たら、
山の中に入ってきたという感じがいっそう強くなりそうである。

 新しく乗ってくる人の半分はスーツ姿、残りの半分は
ハイキングを楽しんできた人のようだ。月曜日なのに行楽客はいるらしい。
藤野、相模湖は神奈川県、そして終点・高尾は東京都である。
山梨・神奈川の県境よりも神奈川・東京の県境のほうが険しいらしくて
トンネルで越えるというのは不思議な気もする。
東京都といえども多摩をはじめとする奥のほうは山なのだ。
田舎者から見た東京の偏見である。駅間距離は10kmとあった。

 17時44分、高尾に到着。
首都圏に戻ってきてしまった。
ここで東京行の快速電車に乗り換えである。
昨日、東京から西国分寺まで乗った快速電車に、
今度は逆向きに乗ろうというのだから、何をやっているのやらである。

 その前に途中下車印をもらう。
「ほほほぉーこれはこれは。どこに押しましょうかねぇ。」
どこでもいいと伝えると、
「どこでもよくないんですよ、これが。どこの区間かはわかるようにしなきゃ
いけないし、料金欄に押すのはもってのほかですし。ありゃ?
甲府駅は押しててけしからんですねぇ。左上にしておきます。
お気をつけて。よい旅を!」
と言ってくれた。非常に人柄もよく、対応も丁寧な駅員どのであった。
今日は気持ちよく旅を終えられそうな気がする。
うれしいかぎりだ。

 1番線に向かうと19時51分発の中央線快速電車が停車中だった。
乗り換え時間7分。乗ればすぐに発車。確かに便利かもしれないが、
その余裕を失っていることになかなか気付かない。
そんな土地へまた戻ってきてしまった。
高尾を出ると、西八王子、八王子と停まり、下車する。
わずか6分間の中央線快速電車であった。

 八王子駅には17時57分に着いた。
またびっくりするほどの混雑ぶりである。立川と似たようなものだ。
縦横無尽という言葉がふさわしい。途中下車印ももらう。
もう券面上は本当に押すところがなくなってきた。
明日はJR東海エリアに完全に入るので、静岡ぐらいから経由地を書いた
別紙に押してもらうことにしよう。

 6番ホームに下りる。
18時12分発の東神奈川行・各駅停車に乗る。
狛江のある小田急小田原線と接続する町田まで行くのだ。
10両編成の電車は発車間際には立客でいっぱいになった。
56番目の路線・横浜線であるが、昨日の南武線みたいに混んでいる。
この調子では朝の二の舞だが、なす術などあるはずもない。
この車内の誰にとってもそうである。
あらかじめ駅を知っておいたほうがよさそうだ。
はじめてたどる路線なので、駅に着く新鮮味に欠けるがもう着席している。
車窓を見るために立てば体力を消耗する。まさにどちらを選んでも
立つ瀬がない。だから横座りのロングシートは嫌いなのだ。
逃げ道がないのでやむをえない。
それぞれの駅の様子を車内だけで観察する他ないのである。

 片倉、八王子みなみ野、相原、矢部、淵野、古淵とあって町田である。
だが風景にあまり変化がない。東京の街中なら林立するビル群、
手を出せば届いてしまいそうなオフィスビル、色とりどりの看板など、
見ようと思えばいくらでも見れそうだが、東京近郊はそうはいかない。
マンションや住宅地ばかりが車窓に現れて、おもしろい事と言えば
外に干してある布団とかだったりしてしまう。
住宅地は最近整備されたものであれば、それぞれの家に個性が
なかったりして、要するに、かえって殺風景に見える。
それらの家々が日本の風土に合ったものなのかはわからないし。
少なくともローカル線のような楽しみ方はできない。

 八王子から30分で町田に到着。
景色を楽しむ余裕など当然なかったが、乗客がそんなものにまったく
感心を示さないこと、そんな風に作られた車両でないことぐらいわかる。
町田駅は登戸駅同様に工事中であった。
階段は空いているのにエスカレーターに下車客が集中している。
そんなに歩くのが嫌なのかと思ってしまう。
東京はよくわからないことだらけだ。

 町田も大きな街である。
日本にはこんなにも人がいて、こんなにも東京に片寄っているのかと
思わずにはいられない。
小田急線に乗る。
狛江のおばさんにも迷惑をかけるわけにはいかないので、
向ヶ丘遊園辺りまで急行に乗ることにする。
案の定、各駅停車に接続していた。
小田急線のダイヤはよくできているなと感心してしまう。

 19時18分、狛江着。
1日の乗車時間が12時間をきったのは今日がはじめてである。
だが、夕食のカレーを食べ過ぎて動けなくなる。
おかげでスイカを食べきれなかった。
無念である。
かえって迷惑をかけてしまったかもしれない。
でも具だくさんのカレーを食べたのが久しぶりであったし。
うまかったのだから。
23時、就寝。




43.富士川に沿って
最長片道切符の旅TOPへ


最長片道切符の旅・15日目
45.セミの声の中で
44.甲斐路は暮れて
広告 [PR] カード  資格 転職 スキルアップ 無料レンタルサーバー