途中下車印をもらって5番線に下りる。
長野からの特急<ワイドビューしなの20号>名古屋行が入線してきた。
このところ自由席しか使っていないので先頭の6号車に乗る。
座席指定料金を節約のためということもあるが、指定席に乗ると
「そこが自分の席」と指定されている以上、そこに座らなければならない。
そうしないと車掌どのが困ってしまうことぐらいわかる。

 だが、そうすると席を変わる自由もなくなる。周りの乗客も指定席は遠方の人、
自由席は近距離利用が目立つらしく、途中で降りるので席を変更できる。
こういった自由度を少しは残しておきたいのだ。
座れなければ別に座れなくともよい。
時刻表を見ながら途中下車すればよいだけのことである。

 幸いなことに6号車の一番前の座席が窓側でとれた。
非常に幸いなことである。少し立つだけで前面展望が楽しめる。
何度も中央西線には乗ったことがあるが、一度も特急は使ったことがない。
だから先頭で楽しめることは、いまこの上なくうれしかったりもする。
はじめて乗る車両はやはりワクワクする。383系という特急電車である。
子どものようだと自分で思うが、そうなってしまう流れは誰にも止められない。
それを自分で望んで列車に乗ってるようなものでもあるし。

 17時52分、定刻に塩尻駅をあとにする。
素晴らしい加速力でぐんぐんスピードを上げ、カーブに突っ込んでいく。
振子車両ゆえに内側に5度傾くから遠心力も感じない。
右へ左へ強制的に傾いて走るのでスピード感が普通列車の何倍もある。
フワフワというよりも高速でカーブを貫いていくので楽しめるのである。

 夕立があったらしく、通過駅のホームが濡れている。
左に中央アルプス木曽山脈、右に北アルプス飛騨山脈である。
その山々にはうっすらと雲がかかっている。木曽福島に着いた。
信州と三河を分かつ御岳の登山口となる駅である。

 伊那谷よりも木曽谷のほうが狭い気がする。
が、伊那谷南部の天竜峡や天竜川の谷よりは広い。木曽谷は広くなる様子を
見せず、その北端に松本盆地がある。西側は恵那山から多治見のほうへと続く。
最も狭いところには景勝地として有名な“寝覚ノ床”がある。
こういった谷の景勝地では、用地が狭くても走れる鉄道のほうが道路よりも上を
走るので眺めはよい。ただし、鉄道が複線ならば、片方のの線路がトンネルに
入ったり、新線を建設して上下線ともトンネルに入ったりする。
沿線人口が少ないところにしか当てはまらないのが残念だ。

 寝覚ノ床は駅で言うと上松〜倉本間にあたる。
谷に沿って旧中山道があり、宿場町も数多くある。
振子特急<しなの>はトップスピードを維持したまま木曽谷を駆けていく。

 車内改札があった。
JR東海で特急乗務があるのは白服だなと思っていたら、女性車掌だった。
最長片道切符を見てどんな反応をするだろうか。
「おぉ、すごい切符ですね。ありがとうございます。中央線はどこでしょうか?」
という。時間をかけずに済ませるには手っ取り早い方法である。教えると、
「恐れ入ります。ありがとうございます。お気をつけて。」
と、最後まで丁寧であった。はじめて女性車掌にこの切符を見せたが、
いやはや手際よく、そして印象もよいまま終わった。

 塩尻から1時間ほどで中津川に停車する。
速い。塩尻から100km近くあるのに1時間で着いた。
高速道路よりもはるかに速い気がする。
中津川からは複線になり、すれ違う列車の数も増える。
スピードも上がるだろうから運転室の後ろに立つ。そうすると振子機能が
働いていることがよくわかる。
並行する国道のトラックもあっという間に抜き去っていく。

 恵那、瑞浪、土岐市などの駅も一気に通過し、多治見に到着。
すでに名古屋都市圏に入っていて、すれ違う列車も5分おきどころではない。
編成も長く、輸送断面の格差がありありと感じられる。
ここから先は住宅地が続くのかなと思わされるが、愛知との県境では
庄内川上流の古虎渓に沿う。周りは暗闇で住宅などない。
すると突然、古虎渓や定光寺の駅が現れて明かりに包まれるのもおもしろい。
このあたりの谷は集中豪雨が置きやすいところでもある。

 そんな谷もトンネルとカーブで突っ切ってしまえば団地が現れ、
愛知環状鉄道と合流する高蔵寺を通過する。高蔵寺から先はすれ違う列車に
万博八草行の<エキスポシャトル>が加わる。10両編成はやはり長い。
名古屋地区の在来線で最長だ。特急<しなの>は6両なので心なしか面目ない。
その鬱憤を晴らすがのごとくさらにスピードを上げて神領電車区を通過する。

 庄内川を渡れば名鉄瀬戸線と交差して大曽根を通過する。
ナゴヤドームへの最寄り駅であるが今日は野球の試合はないらしい。
住宅地の切通しの中を抜けて千種に着く。
栄や金山といった金融街、繁華街に向かう人たちはここで地下鉄に乗り換える。
名古屋駅では地下鉄と名鉄の乗換えが遠いからだろう。

 名古屋は台地状の地形の中にある。
大曽根から千種にかけての区間、そして金山駅付近は特にそうであり、
線路のほうが道路よりも低い位置にある。線路が台地の淵に沿って
敷かれているためで、この地形が原因で庄内川は大きく西を迂回している。
名古屋城もそうで、実は台地を背景に築城された。
住んでいてもあまり気付かないことだが、意外に名古屋は坂が多いなと
感じるのはこのためである。中央本線とて例外ではなく、千種からは名古屋駅へと
まっすぐ西へ道路が延びていながらわざわざ南側の金山を経由するのには
こういった背景がある。

 鶴舞を通過した列車は大きく右へカーブして金山総合駅を通過する。
中部国際空港が開港したおかげで乗換えに便利な駅として、名鉄と一体化した
総合駅である。しかし、ほとんどの特急は停まらない。“セントレア”と呼ばれる
中部国際空港へはJRの線路はなく、バスのみ。なぜ関西空港のように
競合しないのかと思うが、棲み分けをきちんとしたいのかもしれない。

 東海道本線、名鉄そして東海道新幹線と並ぶようになれば、
名古屋の象徴とも言うべきツインタワーが現れる。駅に人を集めるために
JRが建てたものだが、駅のもつ役割が変わってきているのかもしれないと思う。
本来ならその土地の玄関口として機能するものなのに、玄関がすでにリビングに
なっているようなものだ。本音から言えば、
そんなに便利でなければいけないのか?と思う。

 すれ違う電車は仕事帰りの人でいっぱいである。
都心に近づくにつれて人が増え始める鈍行列車と違い、特急列車はダイレクトに
結ぶからなかなか感覚が追いつかない。都会の喧騒から抜け出すのには
これほど都合のいいものはないだろうが、逆はかえって困惑してしまう。
木曽谷を抜けてから1時間。
東海地方の中心である終点・名古屋駅11番線に到着。
スーツ姿の人は皆、新幹線乗換え口へと消えていった。



49.アルプスに囲まれて

51.木曽三川

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最長片道切符の旅・17日目
50.木曽谷の振子特急
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