9月11日(日)

 朝5時に起きる。
目覚ましをセットしなおすのを忘れていたので危ないところだった。
時刻表を広げて普通列車の時刻を確認する。紀伊勝浦発5時58分の普通列車
新宮行は9月30日まで運転とある。昨日の時点でこれに乗るつもりだったが、
臨時列車扱いだからもう一度だけ確認しておきたかったのである。
これに乗ろうと思う。海の車窓を見るのは好きだ。
それが窓の開く普通列車ならなおさらである。だが臨時列車が果たして
運転されているかどうかは何だかちょっと自信がない。紀伊勝浦駅まで
行ってみればわかることなので民宿を出る。

 曇り空だが、東の空は朝焼けに染まって真っ赤であった。
駅まで行くと、目的の普通列車が停まっているのが見えたので、
新宮までの切符を買う。1番線に降りるとハイビスカスの花が咲いていた。
鹿児島に住んだことがありながらまだ一度も見たことがなかった南国の花。
見ることができてうれしかった。

 紀伊勝浦を出ると昨日と同じように那智湾、熊野灘を見ながら走る。
紀伊天満、那智と停まる。那智は日本三大瀑布の“那智の滝”の最寄り駅。
その滝のある飛瀧神社のそばには熊野三社の一つ、熊野那智大社があり、
そこに至る坂が有名な大門坂である。
何度か行ったことがあるので違うところに行きたくもなるが、
何度行ってもいいところである。

 宇久井、紀伊佐野に停まる。
並行する国道上にホエールウォッチングの看板が目に付く。黒潮が沖合いを
流れる南紀に来たのだなと思う。カツオなどの白身魚が主流ではないため、
赤身魚の料理屋が多いらしい。

 国道と交差して三輪崎へ。
そこから奇岩が海からそそり立つ磯を走り、右手に熊野灘が広がる。
砂浜と呼ぶには程遠く、丸石がごろごろしている。太平洋の海岸には
こんな海岸が多い。そそり立つような奇岩も川沿いでは見られない。
川は流れる向きが決まっているからで、波が押し寄せて地形を削る海沿いとは
地形からして違うのである。この熊野灘の海岸線も、熊野市以北の
険しい地形とはかけ離れていて雄大な風景だ。北海道の日高本線や
釧網本線を思い起こさせてくれる。昨日普通列車の中から見たが、
満員で堪能できなかった。朝早く起きて正解である。

 浜を過ぎると新宮駅に着いた
紀伊勝浦から15kmほどしか離れていない。ここからいまきた路を戻るのだが
これから乗る特急<オーシャンアロー8号>京都行に始発から乗りたかったのも
あるので問題ない。1番線で待っていると、熊野市方から入線してきた。
独特な顔をしている。南紀の海をイメージしたエメラルドグリーンの車体が
鮮やかな283系という特急電車で、これに乗るのもはじめてだ。

 1番ホームには蒸気機関車が走っていた時代から使われ続けてきた
洗面台があった。いまも旅人の心を癒しているのだろうか、それとも旅人の
行き交う新宮駅をただ見守っているのだろうか。この洗面台が見ているものは
何なのだろうかとさえ思う。6両編成は発車間際でも20人くらいの乗客数。
洗面台の見つめるもの以上に寂しさがあった。
駅弁屋は地元の人たちがおにぎりやうどんを求めていて忙しそうだったのに。

 時刻表に載っている編成と順序が逆である。
おや?と思ったが、工場入場時に運用される予備編成らしい。これには
展望スペースがなくて残念だが、真ん中に運転台があり、助士席側は
フリースペースとして使える。そこで少しだけ海を眺めていよう。

 先ほども通ったが、新宮から三輪崎までの海岸線は特異である。
宇久井、那智、紀伊天満と通過して7時11分に紀伊勝浦に着く。
紀伊勝浦を発車し、トンネルを抜けると湯川という名の駅がある。
U字の湾の奥に砂浜があり、ホームにはフェニックスの木が並ぶ。
一度、青春18切符のアピール用ポスターに使われていてずっと気になっていた
駅である。ここほど南紀らしい駅はないのではないかと思ったほどだった。
紀勢本線には違いないだろうが、どこの駅だかわからず探していた駅である。

 その湯川を時速40kmほどでゆっくり通過してから
もう一つトンネルを抜けると片面1線のホームしかない小さな太地駅に着く。
太地も勝浦も港町。黒潮の恵みを受けてきた土地らしく、捕鯨の基地があった
ところとして有名である。ホエールウォッチングの看板が目立つのも、“くじら弁当”
なる駅弁があるのも、鯨とともに栄えてきたからだろう。
昨夜、勝浦町内のスーパーで鯨肉が売っていたので驚いたのを思い出した。

 太地を出ると海にべったりと貼りついて走る。
下里、紀伊浦神、紀伊田原を過ぎると川を渡る。古座川である。
カモの親子が水面を悠々と泳いでいた。楽しそうといえば楽しそうだったが、
それは人間の勝手な思い込みで実際はどうだかわからない。
「川を渡るのか。めんどくさいなぁ。」なんて人間臭さも持っているかもしれない。

 古座に停車し、紀伊姫を通過すると橋杭岩が見えてくる。
沖合に浮かぶ紀伊大島へと弘法大師が橋を架けようとした伝説があり、
橋杭岩はその名残だと伝えられている。かつては紀伊大島へは船で
渡っていたが、いまは立派な串本大橋が架かっていて車で行けるようになった。

 7時41分、串本に到着。
本州最南端の町で、潮岬は近い。今年は黒潮が大蛇行をしていて、
漁業は大打撃を受けているらしい。国道に沿った回転寿司は“黒潮寿司”だった。
串本から南端部をぐるりと回って北へ走る。紀伊半島の東側から西側へと移り、
左手にあった太陽は後ろ側へと遠ざかってしまった。



54.黒潮の路 神々の里

56.オーシャンアロー

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55.捕鯨の町
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