近江今津からは各駅停車・長浜行に乗り換える。

 車掌が「近江今津経由・長浜行です」と案内放送している。
20日目に和歌山から乗った“桜井線経由・奈良行”と同じく、
この最長片道切符の旅での乗換えの回数を減らしてくれるありがたい列車。
このような列車にはぜひ乗っておきたいと思う。
ぼくのためにあるような列車だ。

 元・国鉄急行形の475系という電車であった。
製造から何年経っているのだろうか。どことなくヘッドライトの灯も弱々しく、
元気がないように思える。生気がない人間の眼と同じである。
だが、くたびれた外見とは裏腹に、車内はなんだか懐かしさと温もりを感じる。

 14時33分着の新快速電車の接続を受けて、特急<サンダーバード>
25号の通過待ちをしたあとにゆっくり発車する。車内は各車両10人もいない。
さびしい旅立ちである。

 左手にある比叡の山々は急峻であり、うっすらと雲がかかっている。
霊験あらたかだ。湖西線は近代化されているといっても、先日の片町線のように
都市近郊路線とはまったく趣を異にしている。非常に風光明媚だ。
いつしか湖西から湖北へと移り、比叡の山々はそのまま延びて眼前に
立ちはだかるまでになってきた。

 近江中庄、マキノ、永原を過ぎると、湖岸を離れる。
反対側の山肌には国道が貼りついている。永原から先でトンネルに入り、
惰行運転で抜けると電気が消える。交流・直流を切り替える死電区間
(デッドセクション)である。ここから先、直流電化から交流電化に切り替わり、
谷を一跨ぎして反対側の山肌に渡ると北陸本線が現れる。
15時02分、近江塩津着。

 4分停車する。
ここで向きを変えるために車掌と運転士が配置を交替する。
近江塩津は滋賀県最北の駅。このすぐ北は分水嶺で、福井県に入る。
人の流れが変わる結節点にある駅なのだが、寂しいたたずまいの駅である。
ホームには乗る人も降りる人もない。近江塩津から北は、湖西線の特急<雷鳥>
<サンダーバード>に加えて、米原からの<しらさぎ>も加わる。
そんな特急ばかりの土地に入るのは畏れ多いとばかりに向きを変えて
普通列車は発車した。

 分岐器を渡って北陸本線に進入し、77番目の路線・湖西線と分かれる。
谷を高々と新幹線のように渡った湖西線とは対照的に、北陸本線は山の斜面に
貼りついたまま南下する。

 琵琶湖の北岸は山が急角度で湖に落ちているために
山深い湖のような幽邃なところがある。湖北を旅するときは琵琶湖をこうして
眺められるのが好きだ。

 トンネルを抜けると余呉に着く。
右手に見えるのは琵琶湖ではなく、余呉湖である。
水の羽衣伝説で知られる静かな湖。そしてその湖のそばには織田信長の死後、
羽柴秀吉と柴田勝家が戦った賤ケ岳古戦場もある。その頂上に登れば
奥琵琶湖も眺望できる。途中下車を考えるがやめておこう。

 また一つトンネルを抜けて木ノ本に着く。
湖西線開通前、それも敦賀まで単線であった時代は、蒸気機関士泣かせの
単線トンネルで木ノ本から山を越えていた。そのトンネルは、国道の交互通行の
トンネルとしていまも残っている。

 補助の機関車を連結する場所でもあった木ノ本を出ると、
高月、河毛、虎姫と停まる。虎姫は小谷城があったところで、近江の浅井長政と
お市の方の悲話が残る土地。そして虎姫を出ると姉川を渡る。
織田信長が浅井・浅倉両軍と戦った古戦場もある。この付近は戦国の世から
人々の営みがあり、史跡だけでも見るところは多い。東北や北海道とは
大きく違うところでもある。

 姉川を渡ると左には伊吹山が見え、今日2度目のデッドセクションを通過する。
北陸本線は近代化の歴史が複雑な路線で、いまだに国鉄型車両が走っている
のもそのためである。そういったところは近代化が後回しにされがち。
新快速電車の乗り入れも最近になってやっと持ち上がったくらいで、敦賀まで
交流電化から直流電化に切り替わることが決まっている。
そうしたら今乗っているような列車もなくなるのだろう。
わずか1時間で2度も交直切換えを行なうような列車はないのだが。
琵琶湖大環状線ができたら、また交通網が変わるのだろう。
電気が再びついて、15時30分に終点・長浜に着く。

 長浜は鉄道史上重要な町である。
東海道本線が全通する以前はここから大津まで連絡線が就航していた。
当時の二階建ての駅舎は長浜駅の西側に残されている。一番古い駅舎として
“鉄道記念物”の標柱が立つ。

 工事は進んでいた。
長浜駅の端に普通電車は発着させられ、3番線は階段脇が狭い。
2人並んで歩けるのがやっとである。なんとか階段にたどり着いて
改札へ向かう。新駅舎の工事中だったが、米原駅に本部を置く老舗の駅弁屋・
“井筒屋”が店を構えるようになっていた。カウンターもきれいで、弁当もある。
そばが食べたくなったが、やはり歴史と趣の深い米原駅で食べたい。

 駅前から近い黒壁スクエアという名所に行く。
長浜はガラス工芸の町である。かつては琵琶湖を渡るための船宿でも栄え、
西岸の大津と対を成していた。海上交通から陸上交通の発達へと歴史は変わり
長浜はガラス工芸で発達することになる。その工房がある黒壁スクエアの中で
売っている“こんぺい糖”が好きで、時間があれば買うようにしている。

 こんぺい糖とは不思議なお菓子である。
釜でぐるぐると回しているうちに、特徴的な突起ができあがる。突起の大きさは
均一であり、それぞれが人間の欲望や悲しみ、幸福などの様々な感情を
表しているという。それぞれは均一。人間の感情もそれぞれの大きさは一緒で、
1つの突起の大きさを大きくするのは、こんぺい糖の回され方次第。
そんな風に言いたげである。
運命や未来は自分で切り開くべきということなのか。
一粒にいろいろなものが込められているこんぺい糖を見ながら駅に戻る。



63.琵琶湖のほとり

65.しらさぎのはばたく時

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64.デッドセクション
最長片道切符の旅・21日目
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