9月15日(木)

 千種駅から中央本線の一番列車で名古屋に向かい、名古屋からは
5時52分発の美濃赤坂行に乗る。この列車に乗るのも何度目だろうか。
庄内川を渡って枇杷島、清洲、機関車がたむろす稲沢の順に停まる。
尾張一宮では名鉄と並び、木曽川を渡って高架橋に上がる。
金華山の上に岐阜城が見えると岐阜に着く。

 ここから最長片道切符のルートに戻る。
織田信長の那古野城があった名古屋、清洲城のあった清洲、そして金華山の
岐阜城と来た。岐阜は「美濃を征するものは天下を征す」と言った斉藤道三が
城を構え、楽市楽座を設けた土地である。この土地を“岐阜”と最初に
名付けたのは織田信長であったという。

 岐阜駅の4番線で待っていると、2両編成のディーゼルカーが入線してきた。
6時52分発の各駅停車・高山行である。この高山本線で67番目となる。
これから名古屋へ通勤する人たちを乗せた岡崎行の普通電車が発車すると
こちらも定刻に発車した。

 東海道本線の高架橋をくぐると右に分かれていって、
左手には金華山がそびえ、稲葉山城が姿を見せている。地平に下りると
さらに名鉄の高架橋をくぐる。市街地が尽き、民家と水田が並ぶようになって
長森に停車。名鉄各務ヶ原線と並ぶようになる。那加、蘇原、各務ヶ原と
停車して中部国際空港行の名鉄急行電車を追い抜く。
電車同士が併走するのはいつ見ても圧巻だ。

 鵜沼に着くと、隣接して名鉄新鵜沼駅が見えた。
JR鵜沼駅とはちがって大きな駅で、名鉄パノラマカーも停まっている。
単線・非電化の高山本線はもうローカルムードが漂い始めているというのに。
待避線にはセメント用のタンク車を連ねた貨物列車が停車中で、その脇から
1本のレールが民家のほうへと消えている。これは名鉄との連絡線であり、
かつては特急<北アルプス>が名鉄新名古屋から乗り入れてきたもの。

 その錆びついた連絡線と合流して民家の軒先を抜けていく。
国道と並ぶ頃には飛騨川が現れる。坂祝に停まれば車内は満杯になった。
美濃加茂の市街地に入って7時30分、広い構内の美濃太田駅に着く。
通勤客と思しき人たちは皆ここで降りていく。

 2分停車の間に通勤列車から通学列車へと変身し、7時32分に発車。
中央本線多治見への太多線が分かれていく。太多線経由で名古屋へ
通勤する人も多いようで、ホームライナーも運転されている。

 古井、中川辺、下麻生と停まるうちに谷が深くなってくる。
ロックガーデンという道の駅もあり、沿線は岩石が豊富である。
上麻生の次の白川口で高校生が皆降りていった。ここから先は中山七里の里
とよばれる景勝地である。飛騨川は益田川と名を変え、深い谷を刻む。
河原にはごつごつとした岩が転がり、そうでないところは岩肌が
むき出しになっている。そして山肌にはりついて線路は敷かれている。
何年か前に特急<ひだ>が落石事故にあったのもこのあたりであろう。
よくぞこの峻険たる山また山に線路を敷いたものと感心する。

 屋根に“うだつ”をつけた大きな商家のような家が何軒かある。
屋根の橋に突き出るように低い塀を取り付け、その上に瓦を葺いたもので、
防火用らしい。余計なもののように見えるが、「うだつの上がらない」という
言葉はここからきているそうだ。

 竹林に囲まれた下油井駅に7分停車し、名古屋行の特急<ひだ>と
すれ違う。今回特急を使わなかったのは他でもない。
のんびりたどりたい谷だからである。金銭的なものもあるが・・・。

 下油井から9分で飛騨金山着。
大勢が乗ってくる。皆下呂まで行くのだろうか。飛騨金山の先の信号場で
美濃太田行の普通列車とすれ違い、七宗ダムが現れる。ダムの岸は険しい
山肌であり、それに押し出されるように高山本線は鉄橋でダムの端を通る。
水面から鉄橋まで、ほとんど高さはない。人造湖ゆえに水かさの調整が
できるからであろう。再び河原が広がる。

 深い谷も荒々しい岩肌も他の路線で見ることはできない。
交通路の母なる川は高山本線ではすばらしい車窓をもたらし、
沿線にうるおいを与えているのである。名古屋から富山へ抜ける場合、
北陸本線・米原経由の特急<しらさぎ>よりも高山本線の特急<ひだ>を
選ぶ人が多いのはそのためである。

 川床の岩は流れの部分だけさらに深く浸食される。
薄暗い川底に水が青黒くよどんでいるのは深いからである。時には渦巻き、
時には逆向きに流れる。鉄橋の上から眺められるときは慄然としてしまう。

 谷が少し開けて、ホテルやら旅館が見え始めると8時58分、下呂着。
乗客の大半が下車。合併やら統合により、下呂市と名を変えているので
病院や庁舎などに行くには都合のいい時間である。
ホームには“日本三大名湯・下呂へようこそ”とある。名古屋からは特急列車
なら1時間半で来ることができ、まさに観光地である。河原に露天風呂もある。

 下呂を出ると山は深くなるが、飛騨萩原に着く頃には山も少し後退して
山間の里の風景となる。地形の険しさはなくなり、山の斜面に残るのみ。
先日通った紀勢本線よりもこの高山本線のほうが開通時期が古いため、
川の蛇行にも忠実に寄り添う。トンネルに入るのは地形を貫くためではなく、
そこに線路を敷けるだけの土地がないからである。

 上呂では特急<ひだ4号>とすれ違い、飛騨宮田、飛騨小坂、渚と停まる。
特急<ひだ6号>とすれ違った久々野を発車すると峠を下りはじめる。
ちょうど久々野と渚の間に日本海側と太平洋側への分水嶺があり、宮峠と
呼ばれている。これまでの路の険しさからサミットがわかりにくかったが、
久々野から先、軽やかに下っていくのでなんとなくわかる。

 山里へとゆっくりカーブを描いて降りていけば飛騨一ノ宮に着く。
JR東海のエリア内だけでも飛騨一ノ宮と尾張一宮(東海道本線)、三河一宮
(飯田線)と3つの一ノ宮がある。飛騨一ノ宮から5分で終点・高山に到着。

 駅弁屋はあったが、呼んでも返事はなかった。特急列車が発車するときだけ
営業するのだろうか。そんな小さな面だけで普通列車は損だなと思う。
鈍行列車で旅をする人間は、お金を落としていかないからとでも言いたげだ。
あながち間違ってはいないと思うが、けちな人ばかりが乗っているのではない
ということもわかってもらいたい。ぼくのように変人扱いされそうな旅人も
いるのだ。

 やむを得ず途中下車印だけもらい、3番線に向かった。
乗換え時間は5分である。



65.しらさぎのはばたく時

67.列車の来ない駅

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最長片道切符の旅・22日目
66.峻険たる山々と
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