高山からは10時14分発の飛騨古川行普通列車に乗る。

 発車すると市街地を抜けて高山盆地北部を軽快に走る。
“プワ〜ン”という警笛が旅情をかきたててくれる。高地ゆえの涼しさからか、
冷房は入っておらず、ぽかぽかと気持ちのいいことだ。

 この車両は国鉄型のキハ48形というディーゼルカーだが、
暖房装置が床の端にある。そのため、窓側の足は一段高いところに置くのが
楽である。この床置暖房の上に足をのせて車窓を眺めるのが好きだ。

 上枝、飛騨国府と5分おきに停まり、10時31分に終点・飛騨古川到着。
前の車両5人、後ろの車両3人という乗客の少なさで、駅員が改札口で
裁いている。駅構内の線路は錆びついていて、列車が走る気配はない。
1年前の台風がもたらした災害により、高山本線・飛騨古川〜猪谷間の
37.9kmはバス代行輸送中なのである。もうこの線路は列車が走らなくなって
1年になるのだ。

 途中下車印をもらい、駅前に出る。
飛騨古川は蔵や堀が並ぶ古い街並みが残っており、できれば散策したい。
が、まもなく代行バスがやってきた。小さな路線バスである。
しかもJRバスではなく運転手も含めて濃飛バス。稚内から旅をしてきてついに
線路が途切れる瞬間が来てしまった。せめてJRバスならよかったが、
小型バスをチャーターしている様子で、いたしかたのないところだろう。

 1枚の切符で旅をしていることに変わりはないし、バスのルートも高山本線に
沿っている。各駅前で客扱いをするのだから、所要時間を除けば
旅客サービスとしては最低限度を維持していると言える。不便を強いられている
地元の人たちの心中も察しておこう。

 乗り込むと20人くらいしか座れなさそうな車内に、ぼくを含めて乗客は5人。
「この“車”は杉崎、飛騨細江、角川、坂上、打保、杉原にまいります、
猪谷“駅前”行です。」と運転手が案内している。さらに放送テープも
「JR高山本線、代行輸送バス・猪谷“駅前”行です。」と繰り返す。
用意のいいことだ。高山本線の運賃表もきちんと貼ってある。足りないのは
座ったときのゆとりぐらいだろうか。少々窮屈ではある。

 10時50分、エンジンが始動し、動き出した。
「途中の山道では“かなり”揺れます。座席、網棚の上など、お手荷物には
十分ご注意ください。」と、運転手は付け加えた。
脅しではない。おそらく本当なのだろう。鉄道ではありえない放送である。

 国道41号線に出て、杉崎駅前で1人下車。
飛騨細江を過ぎて、高山本線に沿いながら国道471号線に入る。
道幅は狭くなり、片側交互通行の箇所が連続する。並行する高山本線の
線路上では復旧作業が急ピッチで進んでいる。所々路盤ごと線路が流されて
いたようで、河原には岩石がごろごろしている。

 角川に着くと1人降りて、車内は3人になった。
この角川までは10月1日から鉄道が運転を再開するらしい。バス後方に
マイカーが追いつくと必ず道を譲るという、徹底した安全運転で坂上に着く。
時間調整のため10分停車。駅に行ってみると、人気はまったくなかった。
草木は生え放題。故障しては困る分岐器のところだけビニルシートが
かぶせられている。その他はもはや廃線同様の状態であった。
唯一、廃線にはなっていないと誇示していたのが、“赤”を示した信号機だった。
当たり前だがまだ生きている。線路は荒れ放題なのに、信号が生きたままとは
不思議な光景である。

 バスに戻って11時36分に発車する。
ここから先は国道360号線なのだが、台風被害も国道とて例外ではない。
至る所でアスファルトは流されており、迂回運転を強いられる。国道と鉄道の
両方が被災して孤立してしまった打保地区にやっとたどり着く。
線路は路盤ごと流され、バラスとはすべて流出。線路もひん曲がって、
とても列車の走れる状態ではない。土砂災害による流木、岩石も線路上に
残ったままで、このあたりはまだ手付かずの状態である。

 鉄橋が橋脚ごと流されているところもある。
おそらく流木が橋脚を巻き込んだのだろう。線路があったとは思えない光景だ。
それとは対照的に穏やかな風景が続く。山々は険しいのだが、川の流れが
ゆったりしていて、山の表情を和らげているのである。こんなに風光明媚な土地を
列車で行けたらと思う。

 打保駅前では1人下車し、ついに乗客は2人だけになった。
登山用リュックを持っているので、立山にでも行くのだろう。
打保駅の構内には、取り残されたディーゼルカーが鎮座していた。災害によって
閉じ込められたのは住民だけではないのである。

 杉原でも時間調整で2分停まり、長いトンネルに入る。
比較的新しいので、災害とは無縁だったようだ。高山本線沿線に限らず、
あちこちで土砂災害はあったらしい。自然災害なんてものは、
人間の英知の及ばぬ領域である。英知という言葉を用いること自体、
本当はおこがましいのかもしれない。人間が賢いなどと誰が決めたというのか。

 12時20分、国道41号線に合流して終点の猪谷“駅前”に着く。
降りるときに最長片道切符を見せると、「岐阜・高山本線・富山。了解しました。」
と返事がきた。会社は違えど、確認作業がきちんとしていて嬉しく思う。
これでこの区間を最長片道切符で乗ったことになる。
開通して運転が再開されたら必ず乗りにこよう。
1日も早い復旧を願いつつ、バスを降りた。



66.峻険たる山々と

68.猪谷駅

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最長片道切符の旅・22日目
67.列車の来ない駅
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