猪谷駅はJR東海と西日本の境界駅である。
その割には小さな駅だった。ここで2時間半後の普通列車を待つ。

 ホームに座り込んで待つのも悪くない。
雲の流れが速く、雨は振ったり止んだりをくりかえす。本当に山間の駅である。
こんな駅では時間の流れ方というものが違っている。
時刻表をあれこれと見ながらスケジュールをいじくっているとあっという間に
2時間が過ぎて、14時34分に猪谷駅終着の列車がやってきた。

 響き渡る鉄橋の音が旅心をくすぐる。
関西本線でもお世話になったワンマンのディーゼルカーである。
折り返し富山行普通列車となる。降りてきた乗客には駅舎に向かわずに
ベンチで待つ人もいる。何を待っているのかと思えば、14分後に高山方から
1両のディーゼルカーがやってきた。第3セクター神岡鉄道だった。

 神岡鉄道は元々は国鉄神岡線として猪谷〜奥飛騨温泉口間を
営業していた路線で、当初は神岡鉱山の鉱石を運搬する目的であった。
しかしそれも時代の波に呑まれて貨物列車は廃止された。
いまは第3セクターで旅客営業を行なっているのみである。

 そしてこの旧国鉄神岡線は飛騨山脈の中へと進む日本屈指の山岳路線
でもある。マイカーを持たない高齢者たちは鉄道を利用せざるを得ない。
それを無言で語るかのように、おばあさんたちが1両のディーゼルカーに
吸い込まれた。実は人員配置駅だったらしく、駅長事務室から駅員が
出てきて発車の合図をしていた。そんなことが行なわれるのも国鉄神岡線時代
の名残なのだろう。“おくひだ2号”と書かれた列車は、ゆっくりと猪谷駅を
発車していった。

 ぼくは猪谷駅でその様子を見守った。
静かな駅だと思う。ふと横を見ると黒と黄色の警戒色の手すりにカエルがいた。
何を考えているのだろうか。これも人間の想像の及ばぬところ。
自然の中に自らの道を切り開こうとする人間の行為は、カエルたちの眼には
どのように映っているのだろうか。

 15時04分、わずか3人の乗客を乗せて、富山行普通列車は発車した。
猪谷駅を出るとトンネルに入り、すぐに鉄橋を渡る。猪谷は神通川の中流に
位置する集落で、そこから上流側が神岡線なのである。楡原、笹津の順に
停車しても乗客が増える気配はない。

 神通川は緩やかに蛇行しているようで、高山本線は一直線に貫いている。
山岳路線の代表格だと言わんばかりに高々と川を渡るのである。
谷が開けて水田が広がりはじめた。しかし、先日の台風14号で稲はどの水田も
根こそぎ倒されてしまっている。収穫時期であるはずなのに痛々しい。

 神通川を再び渡って東八尾、そして越中八尾に停まり、はじめて乗車がある。
八尾は“おわら盆の風”で有名な町である。千里、速星と停まれば富山の
市街地が見えてくる。その背後には屏風のようにそそり立つ立山連峰がある。
さすがに3000m急の山々が連なる北アルプスであるが、雲がかかっていて
頂上は見えない。かえって不気味でもある。

 西富山を出ると左から北陸本線が現れる。
日本海縦貫線の大動脈であるのに音もなく近寄ってくるのは趣がある。
仲良く並んで神通川を渡り、市街地に進入して側線が増えると15時52分、
終点・富山駅1番線に到着。67番目の高山本線は終了となる。

 ドアが開くなり高校生がどどどーっと乗ってくる。
折り返し猪谷行の普通列車として帰宅列車に変身した。今日は友人宅に
泊めてもらう。ありがたい話であるが、待ち合わせまで時間があるので
雨晴海岸まで行ってみようと思う。

 16時51分発の北陸本線・福井行普通列車に乗り、高岡着。
7番線の氷見線・17時28分発の氷見行普通列車に乗り換える。
越中中川、能町、伏木と民家の軒先をかすめて工場の脇を抜ける。
越中国分を出ると富山湾に出て海に迫り出して走れば雨晴駅に着く。
相変わらず美しい風景と生活臭の清濁を併せ呑んだような路線だ。

 雨晴海岸に行ってみる。
対岸の立山連峰には雲がかかったままで残念だったが、夕焼け色に雲が
赤く染まっていた。こんなオレンジ色の空は久しぶりな気がする。
海を挟んで3000m級の山々を見渡せるというのは、世界に眼を向けても
この富山湾とチリのアンデス山脈ぐらいである。そんな稀有な光景が目の前に
広がっていると思うと感慨深い。日本は美しい国だ。

 来た路をもどって富山で有人と合流する。
回転寿司を食べに行くことになった。“氷見きときと寿司”という店。
“きときと”とは富山の言葉で“活き活き”という意味らしい。美味しい。
何を食べたか忘れるくらいに食べてしまった。
ぷは〜。





67.列車の来ない駅

69.倶利伽羅峠

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最長片道切符の旅・22日目
68.猪谷駅
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