城崎温泉行の普通列車を鉄橋の下で見送ってから波止場に行く。

 漁港は餘部の集落から最も離れており、海に沿って歩かなければならない。
途中、海岸に下りて特急<はまかぜ1号>を見送る。餘部駅の上にある
鉄橋を俯瞰できる場所に人がたくさんいるのが見える。地元の人たちが
迷惑していなければいいが。

 それにしても海が青い。
山陰海岸の海は太平洋岸のような温もりのある青ではないが、
どこかに美しさがある。それが好きである。日本海は荒々しいイメージがあるが
今日は穏やかである。

 餘部の西には平家落人伝説の残る集落がある。
そこまでは海岸に沿って山道を上っていかねばならないのでやめておく。
餘部駅へ戻ろう。集落から駅のある高さまでは徒歩でなければ行くのは
不可能だが、徒歩で8分かかる。そして結構しんどい。

 ようやく上りきったところで13時31分発の城崎温泉行普通列車が
やってきたので、鉄橋を俯瞰できる場所から見ようとすると、鉄道マニアらしき
人から、「そこは邪魔になる。」と言われる。ビデオカメラで流し撮りをするから
上って来るなとも言う。思わず愕然としてしまった。
自分は金をかけてここまでやってきたから邪魔をするなということだろうか・・・。
ならばぼくはこれ以上ないという最長の切符で旅をしているから、こちらこそ
邪魔をするなと言ってやろうかとも思う。あまりにも自分勝手ではなかろうか。
早い者勝ちがセオリーと考えるべきなのか。

 興ざめしてしまった。
これを観光目的で来ている人に向かって言うのであれば言語道断である。
鉄道マニアはこんな自己顕示欲や自分勝手な人が多いとのイメージで
悪い方向へ持っていかれる。残念だ。すっかり機嫌を悪くして浜坂行普通列車を
待つことにする。

 旅と旅行は違うという。
自己の心を友として異郷をさすらうのを「旅」といい、観光地や温泉を
セットにしたものが「旅行」だと思う。この餘部駅を見る限り、後者が横行している
ようにしか見えない。しかし自分の旅はどうか?

 いつも一人だから「旅」だと思っている。
一人旅とは言うが、一人旅行という言葉はない。団体旅行という言葉はあるが
団体の旅などとは言わない。しかし鉄道一点張りの自分の旅は「旅」と
言っていいものか迷うときさえあった。孤独に浸ろうという心情は毛頭ないが、
なにぶんにも汽車に乗るばかりが目的ゆえに旅行とは言い難い。
知らぬ駅で途中下車したり、土地の風情を味わうのが好きだから、
観光地を巡っているわけでもない。やはり「旅人」なのだろうか。
だとしたら、ぼくは“観光地”としての餘部では異色である。
この並々ならぬ観光の雰囲気が肌に合わないと感じるのも当然であろう。

 プワーンという音とともにトンネルから列車が現れて鉄橋を渡ってきた。
が、ホームのギリギリのところで列車をバックに記念撮影をする親子がいる。
危険極まりない。どうせ撮るなら反対向きの列車で撮影するべきであろう。
ここに来ている人は人に迷惑をかけたり、人を不愉快にさせてまで何を
撮りたいのかと思う。ここを去るときにお互い気持ちよく旅立てるのが最高で
あるはずなのに・・・。

 到着した1両のディーゼルカーは満員であったが、
ほとんどがここで降りた。しかも、添乗員付きのツアーらしい。ツアー客は
誰一人としてこのちっぽけな駅の風情に目を向けない。鉄橋にばかり感心する。
さらに腹立たしいことに、ホームで列車を待っていた人もぼく以外に乗る人は
1人だけ。ほとんどがマイカーで来た人らしい。鉄橋“だけ”が目当てなのである。
山陰本線は城崎温泉から先、劇的に変化する旅情を楽しめる風光明媚な
路線であるのに、しゃべってばかりで誰もそれに気付こうとはしない。
もし本当に餘部鉄橋が保存されたとしても、単なる観光資源として、剥製のように
扱われてしまわないか心配である。

 少し悲しくなって“無人”駅の餘部をあとにする。
すでに山の高さにあるのだから、難なく峠を越えて久谷駅に停まる。

 山陰本線は偉大なローカル線である。
本線なのにこのひなびた風情と生活臭はどこから湧いてくるのかと思う。
東京〜青森間を結んでいた最長路線・東北本線が東北新幹線開業によって
盛岡〜八戸間が分離されて以来、この山陰本線が最長距離を誇る路線である。
そんな最長の幹線でありながら、ほとんどが単線・非電化。
さらには福知山線、智頭急行線、因美線、伯備線、山口線などの陰陽連絡の
枝線によって支えられる長大な路線となっている。その長大路線も米子以西と
以東に分けられ、米子以東で最もひなびているのがこの鳥取〜城崎温泉間
である。

 漁港のある町・浜坂へ13時50分に着いた。
隣の3番線には特急<はまかぜ4号>大阪行が発車待ちをしている。
浜坂からは城崎温泉から特急<きのさき>、<北近畿>を使うか、この
<はまかぜ>を使うか、鳥取から<スーパーはくと>を使うかのいずれかである。
鳥取・浜坂には高速道路もない。いずれにせよ、人の流動が少ない土地である。

 だがこの<はまかぜ>に使われているキハ181系という特急型気動車は
好きである。古臭さの中に無骨だが力強さと美しさがある。古きよきものとは
こういうものだと思う。

 途中下車印をもらう。
城崎温泉駅では時間がなくてもらえなかったので、今日はじめての下車印になる。
1番線のベンチで鳥取行きの普通列車を待っていると、<はまかぜ4号>は
エンジン音も高らかに発車していった。そのあとに鳥取方から2両編成の
ディーゼルカーが入線してきた。前側の車両が朱色の車両だったので驚いた。
国鉄色である。思わず前の車両に乗ってしまった。

 定刻に浜坂を発車すると、諸寄、居組、東浜と丁寧に停まっていく。
岩美駅以外で乗車はなかった。沿線人口もそうなのだが本当にひなびている。
だが好きな路線である。こんなときに駅弁を食べたいと思う。<北近畿3号>に
車内販売が乗務していなかったのは大きな誤算であった。

 大岩、福部と停まれば峠越えにかかる。
鳥取市の東側は地形も険しく、駅間距離は11kmある。エンジンが唸り始めて
山道を上っていく。本当にこのすぐ先に県庁所在地があるのかと思っていたが、
今は使われていないスイッチバック式の信号場を通過すると、民家が増え始めて
瞬く間に高架橋へ駆け上がった。

 放送が流れて15時10分、終点・鳥取着。
山陰本線東部の旅はこれで終わりである。



76.餘部鉄橋

78.因幡の白兎

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最長片道切符の旅・24日目
77.偉大なローカル線
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