智頭駅の2番線に行く。

 次に乗るべき16時27分発の津山行普通列車はすでに入線していた。
1両のワンマンディーゼルカーである。隣の3番線に鳥取発智頭行の
普通列車が到着した。乗客は20人くらいだったが、こちらの津山行に
乗り継いだのはたった一人であった。

 寂しい出発である。
智頭急行線に乗り継いだ人の方が多かったらしい。
なぜ国鉄は智頭線を開通させなかったのだろうか、と疑問が湧く。
津山行普通列車は、運転士を含めた5人を乗せて発車した。
左に智頭急行のがっちりしたコンクリート橋が遠ざかっていく。

 最初の駅・土師で1人下車。
次の那岐でもう1人が下車し、乗客は2人だけになった。
ぼくは旅人ゆえに、実質の乗客は1人である。列車を走らせる必要が
本当にあるのかを問うのはぼくじゃないけど、存廃問題が持ち上がらない
のが不思議なほどである。

 因美線は因幡の国と美作の国を結ぶから因美線なのだが、
智頭以北は智頭急行の延長上にあるようなもので陰陽連絡路線。
智頭以南は完全なローカル線の様相を呈する。単行ディーゼルカーで
たどるとよくわかる。

 那岐山の麓にある物見峠をエンジン全開で上る。
トンネルでサミットを抜けると岡山県である。那岐〜美作河井間は10km
あるが、17分かかる。平均時速は40km。運転室の横で見ていると、
所々で時速25kmの制限標識があり、ブレーキをかけている。
急カーブが連続しているわけでもなさそうだが、視界が狭い。
落石などがあったらまったくわからないだろう。しかも線路が細い。
通れる場所の広さ・敷地としては、これまで通ってきたルート中最も狭い。
その標識の下部には“雨天時15km/h”とある。
険しい路だ。

 線路脇の藪の葉や枝が“カリカリカリ”と車体に当たって
車内に音が響く。狭い山路から突然集落が現れて美作河井に着く。
片方の線路が撤去された小さな無人駅。集落もトラクターなどの機械は
なく、すべて手作業で稲刈りがすすめられていた。
秘境とはこういうところのことだろうか。藁葺きの家もある。
現役のようだ。薪で風呂でも沸かしているのだろう。湯気が出ていた。
やはり檜風呂なのだろうか。

 その里を離れて、また小さな駅の知和に停まる。
本当のところを言うと、降りてみたい。しかし降りてしまっては
今日の宿がある姫路まで行けない。特に先ほどの美作河井と知和には
1日4往復しか列車が停まらない。

 かつて、智頭急行線が開通する前は
因美線は津山線とともに岡山〜鳥取を結ぶ急行<砂丘>が走り、
陰陽連絡の使命が与えられていたが、それも過去の話。
ここでも鉄道変遷の非情さを感じる。

 智頭以南の中核駅・美作加茂では智頭行普通列車とすれ違う。
あえぎあえぎ上る分水嶺は過ぎており、津山からの区間列車の
折り返し駅にもなっている。この列車にはぼくを含めて2人だが、
対向列車には20人以上が乗っていたので、ひとまず胸をなでおろした。
朝なら津山行も満員なのかもしれない。

 国境の山々の淡彩の稜線は高まっていたのだが、
低くなっている。谷が開けてくるうちに三浦、美作滝尾と停まる。
どちらも小さな無人駅で、この列車が津山方面の最終列車であった。
このあとの列車はすべて快速列車なのである。利用客のある駅にしか
停車しない快速列車の方が、普通列車よりも本数が多いという
不思議な路線である。

 行き違いのホームが使われなくなり、雑草まみれの高野駅で
5人ほどが乗ってきた。西に進路をとって夕日に向かって走る。
国道と交差すると左に姫新線が現れ、東津山に17時32分着。
ここで降りて姫新線に乗り換える。



78.因幡の白兎

80.おぼろ月夜の姫新線

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最長片道切符の旅・24日目
79.寂びついた因美線
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