四国から岡山に戻る。

 最長片道切符に途中下車印をもらい、16番線に下りる。
これから乗る76番目の路線・津山線の列車はすでに
入線していた。9時26分発の急行<つやま>津山行である。
数少ない急行列車であるが、往年の面影はない。
少々残念に思うが乗ろうと思う。鳥取までを結んでいた
急行<砂丘>の名残の列車でもあるし。

 半分近く席が埋まって発車すると、
先ほどのちょっとした落胆はすべて消えた。
プワンという警笛が鳴った後、特急・急行にのみ流れる
“アルプスの牧場”のオルゴールが流れる。
そして重々しいディーゼルカーの加速。
のっそりと動き出しながら鋭さのない走りは、
紛れもなくぼくの中にある急行列車そのものの姿であった。

 キハ48というこの車両は急行型ではないが、
ボックスシートで窓を開け、駅意を通過する爽快感は
特急列車にはない。急行だけの唯一無二のものである。
最近は快速列車でも窓が開かないものが多いし、
グレードが高い。もっと根本的に旅を楽しもうとしたら
やはり国鉄型でなければだめなのである。

 車内改札があったので最長片道切符と急行券を見せる。
ほとんどの乗客が急行券を持っておらず、
車掌は発券に忙しい様子であった。
窓口では売っていないのであろうか。
それとも知らないのであろうか。

 法界院、備前原、玉柏、牧山、野々口を通過して、
最初の停車駅である金川に着く。見覚えのある駅があった。
野々口である。兄を鳥取まで家族で送った帰りに、
親父と2人で急行<砂丘>を見た駅。
あのときはもう中学生であったように思う。
金川駅では5人ぐらい降りた。

 津山線も因美線同様に14年ぶりである。
急行<砂丘>でたどったわけだから、姫新線も津山〜
東津山間だけは乗ったことがある。因美線と違って津山線は、
急行が<砂丘>から<つやま>と快速になった以外は
何も変わってない気がする。沿線風景も、警笛も、風も。
14年もの間、変わっていないのかという複雑な気持ちが
懐かしさの中に湧いてきた。タタタン、タタタンという轍すら
変わらない。懐かしくて目頭が熱くなった。

 この列車は福渡、弓削、亀甲と停まって津山まで行く。
昨日乗り換えた東津山から1駅しか離れていない。
同じように自分自身も14年という歳月の中で1歩でも1駅分でも
進めたのだろうかと思う。悩み多き時期なのだろうか。
あまり自信はない。回り道はしたと思う。
はっきり言ってしまえば終わってみないとわからない。
それをいま思い知らされている気がする。

 ただ、逆の考え方もできる。
終わってみなければわからないからこそ、
最短ルートで行くのが必ずしも最善であるとは言い難い。
そうだとは限らないと思う。5分で済ますか、
15時間かけてゆっくり回り道をするのか。
後悔しなければどちらでもいいと思う。
実際はどちらをたどっているのかは途中ではわからない。

 「時間があれば・・・」
という人もいるだろう。でもそういう人に限って
旅をしない人が多い。旅に出たいと思っている人は、
とにかくどこかへ行ってしまうものである。
旅先で風景を見ながら、自分の周りのことや将来など
いろんなことを考える。
“旅は身のためになる”そう思う。

 窓を開けたままそんなことを考えた。
最高時速95kmで穏やかに走るから、感じる風は心地いい。
車窓はひなびているといえばそうであるが、
昭和の夏といった風景だ。
美作地方は平凡な中国山地に囲まれた影の薄い国である。
それゆえにどこか、平成の世とは隔てるものが
あるのかもしれない。最後の停車駅・亀甲は、近くに
亀の甲羅に似た岩があるから亀甲(かめのこう)と言うらしい。

 こうして列車に揺られながら線路をたどるのは
山登りに似ているのではないかと時々思う。
山登りは歩いているときが一番楽しい。たどり着いた先の頂上で
弁当を食べることは、終着駅に降り立つ瞬間に通じるものが
あるように思う。登山道の合流点が現れると思わずはっとするのも、
分岐点の駅に着くのも同じではないだろうか。

 再び“アルプスの牧場”が流れて津山駅1番線に到着。
久しぶりとは言うものの、降りるのははじめてである。
接続時間は5分なので3番線に急ぐ。新見行普通列車は
1両のディーゼルカーで停車中だった。発車まであと3分ということを
運転士に確認してから途中下車印をもらいに行く。

 改札口は手間取っていたが別の駅員が対応してくれて、
どうにか間に合った。戻る途中、ある看板に気付く。
“第3日曜日・因美線の一部列車は運転休止となりますので
ご注意ください”とあった。今日は第3日曜日である。
因美線は昨日たどったので、1日ずれていたら危なかった。
その悪運の強さにまたもや驚いてしまう。

 3番線に戻って運転士に礼を言い、乗り込む。
佐用行普通列車が発車したあとの10時33分、発車する。
津山の市街地の西側に院庄という駅がある。趣のある駅だ。
ローカル線では沿線の活性化のために駅舎を改築して
きれいにしてしまいがちであるが、無人駅をそのままの形で
残してあるとふらりと降りてしまいたくなる。

 美作千代、坪井、美作追分と停まって、美作落合に停車。
半分ほどといっても10人くらいだが下車していく。
津山行普通列車とすれ違うと発車し、古見、久世、中国勝山に停まる。
中国勝山は姫新線西側の中核駅。
そう呼ぶには小さいかもしれないが、
1両のワンマンカーにとっては大きい駅だった。

 のどかな山里の風景を見ながら
稲刈りに季節の移り変わりを感じつつ、月田、富原、刑部、
丹治部と停まる。どの駅も長いホームをもつが、行き違い設備は
撤去されており、線路もはがされていて痛々しい。

 山中の岩山駅に着く。
サミットは越えているらしく、エンジンブレーキをかけながら
ゆっくりと下っていく。谷も開けないまま市街地が現れ、
機関区の跡を過ぎて新見駅に着いた。
両側は険しい山の土地であるが、街としては少し大きい。
下呂温泉のようだ。

 新見は陰陽連絡の使命を担う伯備線の中核駅としての機能を持つ。
この駅は蒸気機関車の時代は扇形機関庫とターンテーブルがあった。
いまは折り返し列車が整備されるのみで現存しないが、
敷地の広さからわかる。鉄道の街として栄えた過去を持つ駅に
特有の広さである。

 1時間あるのでスーパーでも探してみよう。
歩いて10分ぐらいのところにあったが、ご当地のグルメと
呼べるようなものはさすがにスーパーにはないらしく、
巻き寿司にしておく。手軽に食べられるものは
旅をするものにとってはありがたい。

 新見駅に戻り、4番ホームでベンチに座って巻き寿司を食べる。
どうも昼に外食というのは好きではない。ランチを食べたら食べたで
のんびりしてしまうからである。だったら、さっさとやるべきことを済ませて
早く帰れるようにするべきだと思う。これは学校や職場での話だから、
のんびり旅をする分には別に問題はないと思うが、
どうも癖になっているようでいけない。
要するにダラダラとするのが嫌いなだけである。

 昼食を買ったら買ったでホームでのんびりしたい。
ただそれだけである。その土地その土地を訪れるにあたって、
駅で過ごす時間の長さなどたかが知れている。が、鉄道は土地に
根付くものであり、駅はその土地の顔である。だから駅で
のんびりすることは決して時間を無駄にすることではないと思っている。
ホームで巻き寿司を食べられるということは、
雑踏とはかけ離れたものがそこにあるということである。

 岡山行の特急<スーパーやくも>を巻き寿司を食べながら見送った。



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