<スーパーやくも>発車後に米子方から2両編成の電車がやってきた。

 13時16分発の岡山行普通列車である。
“ワンマン”と書いてあったが、今日は車掌が乗務しているらしい。
普通列車は77番目の路線・伯備線を走り始めた。

 新見の市街地が尽きると、複線のまま真新しいトンネルに入る。
この先、石蟹、井倉、戸谷と停まる。高梁川に忠実に沿ってぐるりと
回っていた旧線は廃止され、まっすぐ貫くトンネルに切り替わった区間である。
昨日通った福知山線、一昨日の山陰本線と同じであるが、川とは直角に
交わっている。

 その高梁川を右にカーブしながら渡ると備中川面、木野山と停まる。
高梁川の谷は深い。山肌の中腹まで段々畑があって高いところに家がある。
行くほどに谷は険しくなり、石灰岩の断崖になった。

 車内改札がある。
この車掌どのは何とも朗らかな人柄で、最長片道切符を見せるなり
「これは何の切符ですか?ひぇー!稚内発肥前山口行?出身は?職業は?
名古屋の大学院生?九州から?ほぉ〜。いやいや、ありがとうございます。」
とのこと。ここまで興味を持たれたのははじめてではないだろうか。

 「次は備中高梁に停まります。
次の備中高梁では、14時ちょうどの発車まで12分ほど停まります。」
という放送のあと、車掌殿がぼくのところにやってきて、
「運転士にお客さんの話をしたら、ぜひその切符を見たいと言うので、
よろしければ次の備中高梁で見せてやってもらえませんか?」
という。まさかいまの放送はぼくに配慮したものではないだろうか?

 特に問題もないし、旅をさせてもらっている身なので快諾する。
13時48分、備中高梁着。運転室の方へ行くと、車掌どのが待っていて
若い運転士が出てきた。
「はぁ〜。すごい切符ですね。稚内から肥前山口まで。今日は姫路から岡山、
津山、新見。え?四国にも行ったんですか?」
と、興味津々であった。

 向かい側のホームに新見行普通電車が入ってくると
「あちらにも車掌が乗っているから見せてあげましょう!」
って、どんどん話が広がっている。回収はされないだろうから構わないが・・・。
「これって岡山行ですか?」
と質問する女の子は若い運転士にまかせっきりである。
「今日はこれから倉敷、福山、塩町。
あ、明日は備中神代に戻るの?ほぉー!いやいや、ありがとうございます。」
と、切符が戻ってきたところで、発車時刻を確認してから
途中下車印をもらいに行く。

 駅の左手の山腹には形のいい古寺が並んでいる。
備中高梁には松山城という山城がある。この城は全国で最も高いところに
あるらしい。駅の北方の山に石垣ややぐらが見えている。あんな高いところに
築城してどういう戦術的価値があるのかはわからない。こういった場合、
岐阜の稲葉山城がそうであったように麓に武家屋敷がある。昔の武士は
毎日あんなところまで登城していたのだろうかと思う。満員電車で毎日
通勤するのとどちらが大変だろうか。今日は登る暇はない。

 今日も朝が早かったから疲れてきたのかもしれない。
席に戻るとうとううとしてしまう。備中広瀬、美袋までは覚えている。
備中高梁から複線になっていて、いま走っている上り線があとから
付け足されたようにトンネルばかりである。おかげで高梁川は見えたり
見えなかったりである。高梁川に沿って国道よりも高いところを走っているのに
残念だ。ほとんどトンネルのない下り線が羨ましかった。

 途中、豪渓という駅がある。
どんな駅なのか気になったが寝過ごしてしまう。不覚だ。
総社駅も覚えていない。総社駅の手前・右側には宝福寺がある。
少年時代の雪舟が、柱に縛られて涙でネズミを描いたという話が残る寺だ。
どこかで途中下車して散策する時間を無理にでも作ってしまえば、
居眠りをすることもなかったかもしれないなと思う。
またの機会となりそうだ。

 「倉敷に着きます。」
という放送で思いっきり目が覚めた。15時34分、倉敷駅につく。
車掌どのに別れの挨拶をする。乗換え時間は4分しかないが、
きちんと見送らなければならない気がした。人との出会いは一期一会である。
縁というものだ。大事にしたい。
「お気をつけて、よい旅を!」
と笛を鳴らした車掌どのは言ってくれた。礼を言い、手を振る。
乗客がこっちを見ていたが、恥ずかしくはない。
こんな出会いは鉄道の旅にしかないものである。

 わずかな時間しかないが、途中下車印をもらう。
押す場所にも困ってきた。あと2,3日すればいっぱいになるだろう。
いまの岡山行普通列車の車掌どのは
「もう一枚、下車印用の紙を付けたほうがいいかもしれませんね。」
と言っていたが、経由地の別紙はすべてJR側が用意してくれたものである。
自分の方で個人的に用意していいものかどうか。
次に興味を持ってくれた鉄道マンに相談してみよう。

 1番線に下りるとすぐに4両編成の電車がやってきた。
14時38分発の快速<サンライナー>福山行である。かつては京阪神の
新快速電車で活躍した車両だが、人員配置のある駅にしか停まらないので
ワンマン運転である。しかし、なぜ“サンライナー”なのかわからない。
わからないので、イラストマークの太陽も余計にわからなくなる。

 発車するとぐんぐん加速して西阿知を通過。
川を渡る。名前は知らないが、夜行列車に乗っているといつも印象に残る。
川と直行するために堤防に向かって右へカーブしながら上り、踏切が
近づいてくる。夜なら踏切が鳴っている様子がよく見えるので印象が強い。
川を渡ると左にカーブしながら下っていく。この踏切は上り列車でも下り列車
でも夜行列車なら同じ見え方・近づき方をするから不思議なのである。

 山陽新幹線の高架橋がそばにある新倉敷に停まり、
金光、鴨方、里庄、を通過して笠岡に停車。松林を通して淡褐色の地肌を
見せる低い丘陵の目立つ山陽路を走る。気のせいか学生服の看板も多い。
大門、東福山を通過して高架橋に上がると15時11分、終点の福山着。
下車する。



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