9月19日(月)

 朝5時に起きる。
1日の始まり方がいつも同じだが、土地の香りは違う。
準備をして三次駅まで歩く。

 何も朝からこんなに降ることないじゃないかと言いたくなるほどに
雨が降っている。こんな雨は山形、いや新潟以来である。別に雨が降ることに
対して嫌なことがあるわけではない。列車が運転休止になるのが嫌なのである。
遅れてもいいから走ってくれと思う。

 雨の中、三次駅にたどり着き福塩線からの乗換駅となる塩町までの
切符を買う。6時45分発、備後落合行普通列車は3番線に停車中だった。
車両の屋根から落ちる雨滴が肩に当たるのを感じつつ、乗降用扉をくぐる。

 乗客はぼく一人。
そして乗客が増える気配のないまま、三次駅を定刻に発車した。
鉄道は時刻に忠実だなと思う。客がいないから走りたくない!なんて言わない。
それはこの先で列車を待つ人がいるかもしれないからである。
走らねばならない。なんと健気なことだ。

 雨は弱まる気配がない。
昨日の福塩線のように、時速20km制限のところがあるだろう。雨だから時速
15km制限になるはずである。落石が起きやすいということは、運転休止に
陥ってもおかしくない状況である。タクシーを呼ぶからそれで行ってくれ!
と言われるかもしれない。乗客がぼく一人だといろいろ考えてしまいがちである。
こういうときに乗りなれた地元の人がいたりしたら、気が紛れるのにと思う。
そんな不安をよそに、ディーゼルカーは軽快に走る。

 八次と神杉に停まる。
“八の次”は“やつぎ”と読むのに、“三の次”は“みよし”である。
おかしな話である。6時54分着の塩町で、三次行普通列車とすれ違う。
あちらは10人以上が乗っていた。

 ここから最長片道切符のルートに戻る。
79番目の路線として、芸備線の列車に最長片道切符を使い始めるのである。
塩町を出ると福塩線と分かれて馬洗川を渡る。
昨日福塩線でたどった川である。上下川に沿っていた福塩線も、
三次盆地の手前で分水嶺を越えていたことに気付く。

 下和知、山ノ内、七塚、備前三日市と停まるが、
誰一人として乗ってこない。空気を運んでいるようなものだ。
無人のディーゼルカーは、乗客がいようがいまいが知ったことではないぞ、
といったふうに走り、きちんと停車しては客のいないホームに向かって扉を開く。
乗客がいないことなど到着時点でわかるのに、時間になると扉を閉めて
律儀に警笛を鳴らして発車する。そしてテープが次はどこどこの駅ですと
無人の車内に放送する。1両のディーゼルカーだが、本当に1両で十分である。

 備前庄原に停まると、1人乗ってきた。
線路は3線あるし、折り返し列車もある駅だが、駅員の姿は見えない。
農産物の集散地だったらしい。

 小さな峠を越える。
山々の頂は低くなだらかで、中国山地の地形をこの線路が表してくれている。
左窓には県境となる脊梁山脈が雲に隠れている。
小さな盆地の中にある高駅では、広島行の急行<みよし1号>とすれ違う。

 平子から狭い谷に入り、西城川に沿って進む。
やはり時速15km以下の速度制限箇所がいたるところにあった。
落石がありませんように・・・。
列車の上には大きな気が覆いかぶさるようにこちらを圧倒している。
秋は紅葉もきれいだろうが、落ち葉や毛虫を踏んでスリップしたら
空転してしまって加速できないことも多いだろう。

 民家が増えてくると備後西城に着く。
ぼく以外ではたった1人の乗客が降りてしまい、再び1人の客分となる。
思わずしんみりする。朝から列車を独り占めしていいものかと思う。
青春18切符のシーズンも終わっているから、こんなときの珍しい旅人と
なっているのがよくわかる。

 雨が上がった。
あんなに激しく窓に当たっていた雨が、なんと止んでしまったのである。
自分のおかれている状況は、本当にどう転ぶかわからない。
旅を続けなくてはわからないと思う。

 備後西城を出て、比婆山に着く。
かつて“ツチノコ”とともに有名になった“ヒバゴン”の里である。
要するに山男だと思うのだが、見たことがないのでわからない。

 比婆山から急勾配が始まる。
備後から備中へ抜ける峠路である。小さな川に沿って列車はゆっくりと
上っていく。時速40km以上出ることはない。周囲は、道路を除けば
緑一色の世界。ゴトリゴトリと走って左から線路が現れると、それが木次線の
線路であり、7時57分に終点・備後落合着。

 たった1人の乗客に対し、運転士どのは丁寧に乗換え案内をしてくれた。
「木次線なら9時17分になります。」
とのこと。下車するとドアは閉まり、エンジンもオフになった。
このまま1時間後に折り返すため、小休止に入ったらしい。

 これから先、伯備線の備中神代まで行かねばならないが、
次の列車は14時03分発の新見行である。芸備線にてこれまでで最長の
待ち合わせ時間「6時間07分」である。

 小休止しているディーゼルカーとホームにたたずんでいると、
9時11分に木次線のディーゼルカーがやってきた。2人の下車客は三次行
普通列車に乗り換えていった。だれも木次線のディーゼルカーには
乗らないらしい。誰もというのは変である。誰も現れないから、ホームには
人がいない。改札からやっと現れた人も三次行きに乗った。
ここまでぼくが乗ってきた列車は、この人たちを迎えに来たのかと納得する。

 次の新見行普通列車まで366分も待つよりは、
乗ったことのない木次線に乗ったほうがいいかもしれない。
それに誰も乗らない列車を見送るのは忍びない。
ぼくが乗ろう。

誰に気兼ねすることなく、ぼくが乗ってやろう!



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