木次線のディーゼルカーに乗っているのはぼくだけである。

 だが自分自身に寂しさはない。
誰にも気兼ねすることなく列車の旅ができるのである。
路線としては寂しいかもしれない。列車が走る価値を持っていてほしいのである。
その願いも虚しく、9時17分、三次行のあとに続いて発車する。

 木次線は備後落合から中国山地を越えて出雲に入り、
宍道で山陰本線に合流する81.9kmのローカル線である。
広島と松江を結ぶには欠かせない路線で、直通急行<ちどり>も走っていたが、
5時間近くも要していたために高速バスに客を取られていまは普通列車のみ。
中国山地を横断する線区の中では木次線が一番高いところを越えるので
急勾配が多く、スイッチバックもある。

 この宍道行普通列車に乗って木次で折り返してくれば、
備後落合で14時03分発の新見行に5分で接続する。残りの木次〜宍道間は
明日にでもすれば具合のいいことこの上ない。

 芸備線の線路と分かれると
谷の反対側に移るために、一旦谷底へ下り、鉄橋を渡ってから山を上り始める。
時速30〜40kmのゆったりとしたスピードである。当然のことながら
落石箇所、視界不良の区間もあって徐行運転となる。
まるで軽便鉄道だと言いたいが、山の深さも相まって森林鉄道のようである。

 西城川の支流に沿って谷があったのに、
木々に囲まれている。水面までわずかという山奥である。
芸備線の比婆山駅からずっと上り勾配になっており、この先の三井野原まで続く。

 山が開けると里があって、油木駅に着く。
列車が1日3往復という少なさゆえに、行き違い設備は撤去されている。
油木からさらに急勾配を上る。相変わらずのノロノロ運転で走っていると
杉林の中に右も左もスキー場のゲレンデのようなところが現れる。
何かと思ったらゲレンデの“ようなもの”ではなく、本当にゲレンデなのであった。
1日3往復の列車がやってくると、スキー場の係員が全力でスキーヤーを
止めるらしい。つまり、ゲレンデを線路が横切っているのであった。
何ということだ。

 その肌をゲレンデにささげている山を見ながら三井野原駅に着く。
広島・島根の県境の駅で、標高は730m。JR西日本エリアで最高所にある駅だ。
駅の付近はスキー場で、リフトが見える。スキーなど九州出身のぼくには無縁。
九州男児はウィンタースポーツなど苦手でいいのである。

 三井野原を出ると、線路は大きなΩカーブを描いて山襞を走る。
そのΩカーブに囲まれて国道は二重のループ橋を描き、“おろちループ”と
呼ばれている。ヤマタノオロチ伝説がある奥出雲にはふさわしいかもしれない。
鉄道の方はΩカーブの途中にN字型の三段式スイッチバックがあり、
N字の折り返し部分に出雲坂根駅がある。

 まずΩを右からたどる最初の折り返しで国道のループ橋。
壮大な架け方をしたものと思うが、鉄骨の部分以外は風景に融け込んでいない。
あまりにも人工構造物として無機質に見える。が、道路に風景美を求めても
しょうがない。左下には二重ループ橋が見え、運転士が教えてくれた上に
徐行運転をしてくれた。乗客はぼく一人。
観光客と思われるのは嫌だが、自分1人しかいないこの列車、自分だけが
受けられる最上のもてなしなのだった。

 運転士の心遣いに感謝する。
どんな仕事も仕事中に私語をしていいものではないが、運転士ほど孤独な職業も
なかなかないだろうと思う。乗客が多かれ少なかれ話をしてはいけないし、
自分の仕事ぶりを他人に見られた挙句に、誰も味方にはなってくれない。
しかし、それが運転士であり、人の命を預かる職業・制服の重みというものだと
ぼくは思っている。

 カーブを描いて急勾配を下り、
第1〜第6坂根トンネルをくぐると、左下に鉄道模型のような出雲坂根駅が
民家とともに見えてくる。対岸も杉の谷である。見事な杉の林の中を抜けて
急勾配を曲がりくねってたどると、左下からもう1本の線路が現れて合流。
スノーシェッドをくぐって停車する。

 N字型の三段式スイッチバックの折り返し地点である。
運転士どのは運転時刻表と懐中時計を持って後方の運転台に移動し、
信号が変わったのを確認して発車する。いま通ったばかりの線路が左に
上っていって、折り返し線をゆっくりと下っていく。

 急勾配は33‰あり、最急勾配の部類に入る。
800mぐらい進むと今度は右下から線路が近づいてきて、
そのまま並んで出雲坂根駅に到着。三段式スイッチバックの2度目の
折り返しであり、必ず停車しなくてはならない構造になっている。
ここで3分停車する。




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