もとより駅だけで何もない出雲の山奥であるが、
出雲坂根駅はホーム端に“延命水”という湧水がある。

 地元の人は18Lの灯油缶を持ち込んで汲みに来ている。
それほどに愛用されているのだろうか。後ろに並ぶと譲ってくれた。
「列車の乗客優先」と書いてある。マナーを守ることが徹底されているらしい。
特にどうこう言うことはないのかなと思いながら飲んでみると、うまかった。
ペットボトルに入れて持っていくことにする。
「まろやかでおいしいですよ。他の土地からもいらっしゃいますし。」
と、地元の人は言う。きちんとマナーを守ってほしいからこそ、
自身でマナーを守っているのだと感心する。

 9月の中旬といえども昼間は暑い。
「延命水」で喉を潤し、すがすがしい気持ちになって車内に戻る。
相変わらず乗客はぼく一人で、駅で列車を見送った人たちは
思わず苦笑していたようだった。

 出雲坂根からは時速50kmぐらいで下る。
のどかだ。列車が通り過ぎると、ススキの穂が揺れている。
もう秋なのだなと感じる。きたから1ヶ月かけて南下してきたが、
秋の気配に追い抜かれてしまったらしい。

 警笛が何度も鳴り、急ブレーキがかかった。
立っていたぼくは、おっとっと!とばかりに踏ん張って何事かと前を見た。
警報機のない踏切をトラクターが横切っていたのである。あぜ道のような
農道とはいえ、間一髪であった。

 木造駅舎で歴史を感じさせる八川を過ぎ、
雲州ソロバンの産地・出雲横田に着く。やっと5人が乗ってきた。
少しうれしくなる。出雲横田は木次線南部の中枢駅である。
いま乗ってきたのでその理由はよくわかるが、出雲横田〜備後落合間は
1日3往復しか走っていない。しかもこの列車に備後落合から乗るとなると
宿泊地は三次、新見、木次のいずれかから始発列車に乗らねばならない。
鉄道好きなど乗っているはずがないのかもしれない。
ぼく自身、備後落合で宿を探したがなかったのである。
その結果、最長片道切符の旅も三次泊となり、木次線に乗る時間が6時間も
できてしまったのである。うれしい誤算ではあるが。

 出雲横田の駅前に「延命そば」なるものがあると聞いていたが
見当たらなかった。時間もなくなったので駅の人にも訊けずじまいである。
しめ縄の飾りが風情をかもし出す出雲横田を出ると、
10分で亀嵩駅に着く。

 亀嵩は松本清張の小説“砂の器”の舞台となった土地である。
奥伊豆もらしい風景の中に駅がある。亀嵩駅の“駅長そば”には行列が
できていた。車で来ている人が多いようだ。こうした観光客を見るたびに
思うことだが、駅が目当てのはずなのに車で来るとはどういうことだろうか。
列車が降り立ってこそ意味があると思う。路線の収入にはならいし。
そのくせ、廃止の動きが出たら今度は反対の旗を揚げる。
観光客にも困ったものである。

 亀嵩を発車して出雲三成に着く。
一風変わった列車が現れた。備後落合行の“奥出雲おろち号”である。
トロッコ列車は家族連れでいっぱいだった。展望スペースには明らかに
鉄道マニアと思しき人もいる。

 この種の列車は苦手である。
スイッチバックを体験できるというのはわかるが、観光列車に乗ったのでは
趣がない。なぜなら地元の人が乗っている確率が低く、その路線の普段着
とは言いがたいものがあるからである。釧路湿原で“SL冬の湿原号”に
乗ったときにそう思った。SLは懐かしかったが、煙の少ない豆炭で走る
SLは、どこか剥製のようで見ていて忍びないものがあった。
はしゃぐ子供たちに紛れて大の大人が景色を堪能するのも
気恥ずかしい思いがしたのである。今回はその経験も生きたのか、
1人のんびり木次線を堪能している。

 出雲八代、下久野、日登と停まり、11時05分に木次駅に着いた。
ここでぼくは折り返すが、50分後の備後落合行まで時間があるので
沈下橋に行ってみようと思う。河川の増水時に水没する橋のことである。

 駅で道を訊いて桜並木の堤防を歩く。
モンシロチョウが歩くのと同じスピードでとんでいる。毛虫も落ちてくる。
足が多すぎるものは苦手である。勘弁してほしい。
と、沈下橋が見えてきた。確かに他の橋と比べると水面に近い。
四国の四万十川流域でよく見られる沈下橋だが、この斐伊川にもある。
もちろん他の土地にも。

 沈下橋を往復してから駅前のスーパーに戻る。
何か地元のものを手っ取り早く手に入れるにはスーパーの惣菜がよい。
地元の人向けに作られた食事だから、地元のものを食べられる。
小料理屋は探すのに時間をとられることが多いし、
もっとのんびりするにはお金がない身分である。まだ学生である。

 大田市漁港産のシイラの刺身を見つける。
食指が動く。しかし、白ご飯と弁当用の醤油がなかったのであきらめる。
食べたかったのに。次に見つけたのは地元のマイタケがのった野菜天ぷら。
これとおにぎり、サンマフライにしよう。
この先、米子まで時間の余裕がないので、おやつ用に広島風お好み焼きも
買って列車に乗る。特にマイタケの天ぷらはできたてで温かかった。




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