江津駅の待合室はこれまでのどの駅とも雰囲気が違っていた。

 ほぼ全員が高齢者なのである。
過疎化の率が全国で最も高い島根県西部。
その山中をこれから走る。乗客の客層のほとんどが
高齢者であることは想像ができる。
終点の三次まで停車時間のある駅はないから、
キヨスクで津和野の源氏巻を買って食べる。
これは結構お気に入りなのである。

 <スーパーまつかぜ3号>に車内販売がなかったのも
出雲市駅のホームに駅そばのスタンドがなかったのも予想外。
おかげでここまで何も食べていなかったのである。
出雲大社で急いでいたのも、これから乗る80番目の路線・
三江線の運転本数の少なさゆえだと声を大にして言いたい。
芸備線の備後落合以東と、この三江線の本数の少なさゆえに
米子で一泊を余儀なくされたのである。

 でもせっかくなので満喫はせねばならない。
3番ホームで待っていると、お年寄りも移動してきた。
江津駅の階段は高齢者にはきついだろうと思う。
が、都会と違って時間はゆったりと流れており、
人の波に呑まれたり取り残されたりすることはなさそうだ。

 エレベーターがあればすこぶる便利だろうにと思うのは、
よそ者の勝手な思い込みなのだろうか。高齢化社会が来るとき、
どうなるのかと思う。いや、どうするべきかと思う。
特急列車の自由席にも、優先席ができる日が来るのだろうか?

 思案に暮れていると、15時ちょうどに
三江線のディーゼルカーが入線してきた。三次〜江津を
直通する列車は上下合わせて1日に3本しかなく、
そのうちの1本がこの15時06分発の三次行普通列車である。
1日数往復の普通列車しかないローカル線だが
この地方では全通が最も遅く、新しい路線なのである。

島根県西部の中心都市である浜田から、
中国地方最大の都市である広島への最短ルートに線路を
敷設しようと、江の川が交通路として選ばれたこと、
江の川の谷が急峻かつ平地が少ない谷であるから
道路事情が悪く、鉄道の敷設が望まれていたことが
三江線建設の背景にある。

 浜田〜広島間の交通路を見据えた場合は
直通する急行列車の運転計画もあったという。
しかしそれは浜田自動車道の開通により夢と消える。
道路事情の悪さを考えた場合はもっともな理由であり、
同じ理由で開通したものに高知県の四万十川に沿って走る
予土線がある。道路が狭くてバスも通せず、
マイカーでも不便な地域なのだ。

 出雲市からの普通列車の接続を受けて発車する。
乗客は10人ほどである。江津駅をあとにしてぐいと右に
カーブすると、早速江の川が現れてこちらを圧倒してくる。
河口から近いのでゆったりと流れている。
川なのに漁船が係留されていて妙な光景である。

 山に挟まれた川幅いっぱいに青緑色の水がゆっくり動く。
さすがは中国地方第一の川で水量が豊富である。
これから山に分け入ろうというのに、こんなにゆったりと
流れているのは上流の三次盆地と河口の標高差が150m
しかなく、距離は100km以上あることが原因である。
急流になるほうがよほど難しい。
したがって三江線は急勾配の存在する山岳路線ではなく、
江の川にをたどるための路線と言ってもいいくらいである。

 江津本町、千金、川平、川戸、田津、石見川越の順に停車。
川と田園を連想させる駅名ばかりである。
寄らば大河の陰という具合に江の川の流れのままに
沿い続けている。川は蛇行しているから、流れの主力が対岸に
迫るときは線路は低い段丘の上で、桑畑がある。
反対に、流れがこちらに押し寄せてくるところでは
山裾が削られて、線路は崖の縁をすれすれに走る。
険しさが増して岩脈が川に突き出ると
線路が敷けないのでトンネルへと入る。
川平には洪水に備えた堤防もある。堤防の切欠きの部分に
線路が通り、町の門となっていて、洪水の時には閉じるという。

 鹿賀駅を出た後、因原、石見川本、木路原、竹、乙原、
石見梁瀬と駅は続く。“原”の地名が続くのは江の川の河原や、
川の周りにある狭い平地、・原っぱをやはり示しているのだろうか。
だとしたら、川を連想させる地名同様に、江の川あっての土地
ということになる。川は交通路の母であるが、江の川は人々の
生活の土壌を生み出す“母”でもあったのである。

 石見川本は舟運時代の河港町である。
いまでも少しは船を利用するのだろうか?
川舟が岸につながれているのが見えた。集落には艶のある
赤茶色の石州瓦をのせた白壁の家が多い。山陰本線沿線よりも
ずっと数が多い。赤一色の世界の中で、
軒に大根をずらりと干している家もある。

 明塚を出ると谷の前方に三瓶山が見えて
列車ははじめて江の川を渡る。第1江川橋梁で、
左岸から右岸へ移る。また集落を見渡せるようになると粕淵に着く。
津、川、川越、原、瀬、淵。すべて河川から連想できる。
それらの文字が入っていないところでは不思議と江の川が
蛇行して離れているのである。粕淵はこの辺りの中心集落らしいが、
駅は高い段丘の上にあるので、集落が見渡せるわけではなかった。

 18時42分、中枢駅の浜原に着く。
ローカル線なら普通は数分停車してもいいはずだが、それがない。
本数の少なさゆえに、うまくダイヤが組まれているらしい。
できれば駅前などを見てみたい。

 三江線は江津と広島県の三次を結ぶ108.1kmの路線である。
長い間三江北線と三江南線に分かれていたが、昭和50年に
北線の終点であったこの浜原と、南線の終点だった口羽の間
29.6kmが開通してめでたく陰陽連絡路線となった。
山陰と山陽を結ぶ路線はこの他に5本ある。美祢線、山口線、
津山・因美線、木次・福塩線と伯備線である。

 山口線と伯備線には特急が走る。
せめて一本ぐらい陰陽連絡の急行が走っていてもよさそうだが、
芸備線と津山線を除いて急行列車は全廃されている。
木次線と美祢線、因美線には急行列車が走っていた時代もあったが、
それも過去の話。肝心の山陰本線にも急行が走っていない
という有様である。

 三次行普通列車はさらに江の川を遡るべく、浜原駅をあとにした。




89.まつかぜ

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最長片道切符の旅・27日目
91.寄らば大河の陰
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