9月22日(木)

 朝5時半に起きる。
実家に腰を落ち着けてしまわぬうちに最長片道切符の旅を九州まで
達しておこうと思う。福間発6時07分の小倉行に乗る。
なんと熱線吸収ガラスの車両だった。フィルムが貼ってあって
窓が固定されており、どうにも自由を奪われた気がしてならない。
太陽光が差し込んできてもカーテンを閉める必要はないが、空の青さも
オレンジ色の雲も台無しである。

 今日は平日だ。
北九州方面の通勤電車に乗るのもずいぶんと久しぶりだが、
博多方面への通勤時間帯と違って、身動きがとれないほどに混雑する
ことはない。百万都市とはいえ、北九州市発展の背景となっていた
工業が衰退してしまったからだろうか。

 小倉で乗り換える。
4番線から発車する新山口・門司港行普通列車に乗って、
昨日下車した新山口まで行く。下関を通り越して新山口まで直通する
電車がまだ走っていたのかと驚く。それも、門司で切り離して門司港行
と分かれる国鉄ならではのスタイルだったから新鮮だった。

 関門トンネルを抜けた下関から、高校教師をしている方と相席になった。
「旅ですか?」
と訊かれる。三脚にカメラ、そして時刻表。どう見ても日常のスタイルでは
ないぼくの姿は旅人に見えるだろうなと思う。
「お金で利便性を時間が買えるようになり、
代わりに余裕やスリルといった余興を失ってしまった。
それでも、旅先に残してきた思い出や自分の過去を思い出すから
旅を続けるのは意味があるし、身のためになるのです。」
という。確かにそうだとぼくも思う。だからこそ、
それが残る夜行列車や鈍行列車に乗り続けているのである。

 「久しぶりに旅をしている若者に出会えた。」
と言い残して、その人は宇部で降りていった。ボックスシートのよさである。
50以上も年齢が離れた人間同士を囲ってしまうシートである。
2人掛けのシートで並んで座っても人は話をしない。向かい合わせに
ならないと、その相手と話をすることはできないものらしい。
不思議なものである。

 新山口から最長片道切符のルートに戻る。
81番目の路線・山口線の普通列車は2番線に停車中だった。
しかし“新山口”とは、何と安直な改名をしたものかと思う。
元は“小郡”という名の駅だった。小郡のほうが響きもいいし情もある。
この切符の券面に“小郡”とあったら、どんなにか懐かしさの湧く切符に
なっただろうと思う。見慣れた駅のようにまったく別の駅のように感じる。
新山口駅に改称されてから、この駅があまり好きではなくなった。

 9時09分に発車する。
さすがに県都・山口への列車らしく、混みあっている。混雑で体力を消耗する
のは嫌なので、2両編成の連結面にある運転助士席に立つことにした。
他の乗客に気兼ねすることなく窓も開けられるので気持ちがいい。

 周防下郷、上郷、仁保津と停まり、大歳で新山口行の快速列車と
すれ違う。山口と新山口を結ぶバイパスが横を通る。山口市は内陸に
あって新幹線沿線の県庁所在地では唯一の通過駅だったが、
小郡町との合併により、めでたく新しい山口市が誕生するという。
小郡の名が消えるのにはやはり寂しさが込み上げてくるが・・・。

 その山口駅に9時33分に着く。
途中下車印をもらう。駅員どのはびっくりした様子で最長片道切符を見る。
さすがに押す場所がない。しかし今日は3枚目を用意しておいた。
2枚目は昨日の新山口まで。今日から九州に突入することを踏まえての
3枚目である。「3枚目を用意しても問題ないよ。」
と言ってくれたのは宍道駅の駅員さんだった。
山陰路は人の温もりを感じる。

 山口駅の駅員どのは
「わかりやすく左上から押しますね。」
と言って押してくれた。2番線で待っていると、おばさんが話しかけてきた。
「SL撮るの?」
と言う。平日の今日は<SLやまぐち号>の運転日ではない。
しかし、この路線を使う人にとっては、毎日のように見ているものだろう。
北海道の稚内から旅を続けている旨を告げて、いっしょに乗り込む。

 源氏巻がキオスクに置いてあったのを思い出して、買いに行く。
一昨日の江津駅でも買ったが、ぼくはこれが大好きだ。津和野名物で、
この地方を訪れたら必ずキオスクをチェックしている。1本210円。
新山口駅にも売っていた。

 列車に戻ると隣のボックスに初老の夫婦が座っていた。
「SLの撮影ですか?」
と言う。この人もかと思うが、違う旨を告げると、旅の途中というのは
ばればれだったらしく、最長片道切符の旅であることを話すと
話が弾み始めた。今日はなんだかこういう機会に恵まれているらしい。

 それにしても不思議な切符である。
片道乗車券に過ぎないはずなのに、“最長”と付くだけで
話題は豊富になる。今日はボックスシートの車両が多いからだろうか。
1ボックスを占有して、みんな足を投げ出してくつろいでいる。
都会の通勤電車と違って、話ができる雰囲気が漂う。こんな余裕が
あるからこそ、会話をしようという気持ちが芽生えるのかもしれない。
ローコスト・ハイパフォーマンスを追求して窮屈な電車にしてしまっては
いけないのである。

 初老の夫婦はフルムーンで津和野に向かう途中であった。
ぼく自身、将来はこんな風になれたらいいなと思う。
ボックスシートで囲まれた乗客の笑顔を乗せて、
1両のディーゼルカーはゆっくりと動き出した。



94.たそがれの山陽路

96.思い出に出会う旅

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最長片道切符の旅・29日目
95.ボックスシートに囲われて
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