下関は終着駅ではない。

 しかし、そこに近づくにつれて行き止まりの気配を感じる。
陸の景色が煮詰まってくるからである。山陽新幹線と交差する新下関から
右にあった山は消え、山陰本線が合流してくる。京都で分岐したはずの
路線が音もなく近づいてくる様子は、何かこの先が違う風景になることを
予感させてくれる。その向こうはすぐ海さ。

 道路も集まり、最後の一転に向かって交通路が集約される。
前方に山が現れるが、これは対岸の九州の山。倉庫が並び、ドッグも現れて
海と船が見えてくる。もうすぐそこが海であり、陸が尽きるところまで来ている
ことを実感する。本州側から来るときの感動は何物にも代えがたい。
このまま進めば海に落ちるという気配がするのである。

 ぼくが最も好きな駅・下関に着く。
この先に九州があるとはいえ、これほどまで“果ての旅情”がある駅もない
と思う。稚内や根室のような最果ての土地とはまったく異なる雰囲気。
すなわち、旅人が行き交い、一度は通る場所としての風情がここにはある。
ここは九州の匂いがするのである。

 九州出身のぼくにとっては、門司こそ玄関には違いないかもしれないが、
下関は独特である。ぼくはこの駅を“ターミナル”とは呼ばずに“汽車場”と
呼びたい。古びた鉄骨造りのホームと洗面台、そして改装されていない
昔ながらの立ち食いうどん屋。すべてが調和している。都会の駅なので
雑踏はあるが、心が和んで安らげる場所である。

 だからこそここの立ち食いうどんが好きである。
ここだけの“ふく天うどん”は売り切れだったので、天ぷらうどんにする。
下関では名物のフグのことを、「福がきますように」との意味合いを込めて
“ふく”と呼んでいるのである。ここのうどんは何がうまいかではない。
旅情あふれる汽車場だからうまいのである。北海道の音威子府駅同様に
風情を味わううどん屋である。ぼくにとっては唯一無二の立ち食いうどん。
うどんに熱っぽく弁をふるっても仕方ないだろうが、下関を通るときは
必ずといっていいほど食べるようにしている。

 ごちそうさま!
と言うと、「また来てね!」と言ってくれた。
見覚えのある顔だった。ぼくが一番好きだった寝台特急<あさかぜ>の
最終列車に乗って終着駅・下関に降り立った日に“ふく天うどん”を作って
くれたおばちゃんだった。ぼくのことは覚えていないだろうけど。

 もうあれから半年になるのかと思いながら、途中下車印をもらう。
下関にはよく来ていた。正確には下関駅にである。コンコース中央の水槽は
なくなっていたが、土産売場は変わっていない。うな丼400円という
定食屋はなくなっていた。それでもその一画のたたずまいは当時のまま。


 やはりいい駅である。
よく通っていた当時、まだ子供料金だった頃と同じように
ブルートレインを見ようと思う。19時27分発の寝台特急<はやぶさ・富士>
東京行がやってきた。ここで関門トンネル専用の電気機関車から、
本州用の電気機関車に付け替えるのである。この駅から旅立っていく
長距離夜行列車にどれだけ憧れたかわからない。ぼくにとってこの駅は
旅立ちの駅でもある。博多や小倉にはない停車場と
そこを守る人たちの温もりがここにはある。

 ブルートレインを見送ったあと、19時45分発の中津行普通列車に乗る。
いよいよ本州を離れて九州に入る。趣のある下関のホームを離れると、
埠頭のような埋立地の上を加速し、入り乱れた線路の中から2本が残って
短い鉄橋で船着場の上を渡る。

 彦島へ渡ると線路際の家々が上にせりあがって、
こちらは下りながら関門トンネルに入る。どこまでが陸地部分で、どこからが
海底部分かわかる。線路の音が変わるのである。それほどまでにぼくは
下関に通い詰めたのだと実感する。下関の旅情が失われるのだけは
避けてほしい。

 6分でトンネルを抜けて門司駅構内に出る。
交流と直流の境界であるデッドセクションを通過中、真っ暗になる。
それでも平然と漫画を読み続けている人はいるものである。

 右に関門海峡と彦島が見えて、19時52分に門司駅着。
九州に降り立ったことを噛みしめるために途中下車する。
九州の空気は暖かい。本州を卒業して九州に入学した新入生のような
気分になる。通過に40分かかる青函トンネルにはない風情がある。

 門司駅は下関と対を成す九州側の要衝だが、
8・9番線は廃止されて潰された上に、駅舎は真新しい橋上のものに
建て替わった。古くても統一感のある駅は完全に失われた。
ホームの端だけが取り残されたように昔のままの姿をとどめている。
橋上駅舎になって、よくなったことと言えば、北側の港湾地区からの
利便性が向上したことと、小倉と貨物ターミナルの夜景が見渡せるように
なったことぐらいだろう。

 途中下車印をもらい、20時08分発の南福岡行普通電車に乗る。
山陽本線は門司駅で終了し、83番目の路線・鹿児島本線に入る。
門司機関区を過ぎ、北九州貨物ターミナルを過ぎる。使われなくなった
東小倉貨物駅と門司操車場を通過するとき、線路に草が生えて
朽ちてゆく様子がよく見えた。

 日豊本線の上り線を跨いで小倉駅5番線に到着。
このまま最寄の福間駅まで乗ってもいいが、大きな節目としては
最後になるので途中下車印をもらっておく。なんだか九州に入った途端に
駅員の対応が、どこ吹く風といったように素っ気なくなったように思う。
期待しすぎだろうか。それとも忙しいのだろうか。

 20時40分の快速電車で福間まで戻った。
近くにある宮地嶽神社で放生会をしていたのでおみくじを引くと大吉。
「旅:心ゆくまで」とあった。




98.石灰岩地帯をゆく

   海ノ中道と鉄道迷所

   山本駅の昼下がり

   万寿紗華の咲く頃

100.ドリームにちりん

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最長片道切符の旅・29日目
99.関門海峡浪漫
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