9月25日(日)

 朝5時半に大分駅に戻る。

 こうして24時間営業のファミリーレストランで
夜明けを待つのも若気の至りだろうか。
歳をとってからではなかなかできまい。
宮崎行の夜行列車に乗ったのに、途中下車して
夜明けを待って別の列車に乗る。そんなのは
アホらしさ極まって言葉が出ないという人だっているだろう。
これから九州を旅するために、襟を正す意味でも悪くないと
ぼくは思っている。

 途中下車印をもらいたいが、有人改札に駅員の姿はない。
ただ、人が通るたびに自動改札がバタンと開け閉めを
繰り返すのみである。みどりの窓口に尋ねると、
6時過ぎまで開かないらしい。ずさんである。
これだけ人がいるというのに。
これから九州の旅なのに少し出鼻をくじかれた。

 少しムッとしているのがわかったが、5番線に上がる。
柳ヶ浦行普通列車はまもなくやってきた。
これで別府まで引き返す。
なぜなら別府湾の朝日を見たいからである。
しかしこの電車、ドアも窓も熱線吸収ガラスというものが
使われていていまひとつ外の様子が見えない。
朝からこうも不満が続くと拍子抜けである。

 別府駅から今日の最長片道切符の旅を始める。
こちらはちゃんと駅員もいたので途中下車印をもらっておく。
順序的には別府、大分の順にもらわねばならないから
これでいいのだろう。大分駅では自由通路のように
有人改札を抜けていたから、途中下車になっていない
と言えばそうである。途中下車した気分にはなっていない。

 1番ホームで6時02分発の佐伯行普通列車を
待っていると、先ほどと同じ2両編成の電車がやってきた。
確かに窓は広くて開放的だが夜明けの時間を過ごすのには
向いていない。何というか、旅をする上で最も大切なもの・
車窓を台無しにしてしまっている気がするからである。
これに乗るのはやめて、後続の寝台特急<彗星>に
乗ることにする。臼杵・津久見などの途中下車印は
ほしかったが、車窓には替えられない。

 6時40分発・寝台特急<彗星>に乗る。
正直に言うと、ブルートレインに乗りたくなったのである。
別府を発車した<彗星>は別府湾に沿って南下する。
ちょうど水平線へのグラデーションの向こうから太陽が
昇っており、海も空気も輝きを増すばかりだ。
黒い遮光フィルムを貼った普通電車よりもブルートレインを
選んで正解だった。
やはり夜汽車に乗って、夜から朝へと移ろう時間は
他のものには替え難い。
今日は蒼天になることはまちがいない。
夜行列車にふさわしい朝だ。

 6時53分、大分に着く。
機関車交換のために6分停車する。ホームに売店はなかった。
車内販売もないからないないづくしである。
だが、ブルートレインに乗っている時間は貴重でもあるので
メシなど食らっている暇はなさそうだ。

 ホームには蒸気機関車時代から残る洗面台があった。
長距離を旅してきた人にひとときの安らぎを
与えてきたのだろうが、これも大分駅の高架化事業の
完成とともに消える。そして、それよりも一足早く
寝台特急<彗星>も廃止が決まっている。
鉄道マニアと思しき人たちが交換される機関車のほうへと
走っている。朝から全力疾走とはご苦労なことだ。

 先ほどもらえなかった途中下車印をもらい、6号車へ戻る。
ぼくのように寝台券を持たずに朝のみの立席特急券で乗る人は
1号車と案内されているが、宮崎県内に入って延岡からは
5,6号車も割り当てられる。
ぼくは終点の南宮崎まで乗っていくので、
6号車の空いてる寝台に陣取る。
車掌どのもそれを承知の様子だった。
それに今日は日曜日であり、この<彗星>の最後の休日。
1号車は立席乗車で混雑することぐらい容易に想像がつく。

 6時59分、大分駅を発車する。
久大本線と分かれ、電車区へと続く下郡信号場で
豊肥本線と分かれると東に進路をとり太陽に向かって走る。
牧、高城、鶴崎、大在、坂ノ市、幸崎、佐志生、下ノ江と
通過していく。鶴崎のコンビナートが左の車窓に10ぐらい
続いただろうか。海が近いことを感じさせる。
スピードの速い電車特急と違ってブルートレインは
機関車牽引の客車列車なので、
通過駅もゴトリゴトリとゆっくり走る。
しかし、客車の轍というのはどこか軽やかで
ゆったりしているから好きである。

 佐賀関半島を横断しているらしく、港町が時折現れる。
大分の名物・産物といえば“かぼす”や“椎茸”、
別府温泉ぐらいしか思い浮かばない人が多いが、
これは大きな間違い。
大分北部の城下町・日出では“城下ガレイ”と呼ばれる
マコガレイがうまかったり、佐賀関沖の豊後水道で獲れる
サバ・アジは“関サバ”、“関アジ”として知られる。
地鶏も美味しい県である。
だから駅弁でも賞味したかったのだが、残念ながら手元には
駅弁はおろか腹を満たすものは何もない。

 大分から車掌が交代して立席特急券の拝見に回っていた。
ぼくは車掌室の横にいたから素通りされてしまったが、
慌ててチケッターで捺印をもらう。何年か前に同じような切符を
普通列車の中で見たそうだ。
やはり物好きはぼくだけではないらしい。
ついつい話が弾む。

 海からトンネルへと変わって、臼杵湾が見えてきた。
石仏で知られる臼杵の町である。あたりはミカン畑が多い。
トンネル一つで沿線の雰囲気が変わっている。
こういった風景を見るたびに高速道路や新幹線、
飛行機でばかり移動する人たちの気持ちがわからなくなる。
臼杵を発車し、津久見で4分停車して
博多行の特急<ソニック>を待ち合わせる。
ソニックとは何と風情のない名前かと思う。
この美しい風景にふさわしい名前であってほしいなと思う。

 大分県南部はリアス式海岸で知られる土地で、
臼杵から延岡まで続く。ギザギザの海岸線を列車は
入江に沿い、トンネルを抜けながら行く。
開通が古い日豊本線であるから、
真新しいコンクリート橋で山を縫うようなことはしない。
三陸海岸とは大きく違うところである。
線路もカーブを繰り返しながら小さなトンネルでつづる。
トンネルはレンガ積みであった。

 浅海井、狩生、海崎など海に由来する地名をいくつか見る。
先ほどの津久見には深い入り江の奥に石灰岩採掘場や
セメント工場がある。そして8時11分着の佐伯は、
連合艦隊の停泊地から工業都市に転じた土地。
たしかに港としての機能は十分果たせそうなほどに
深い入江である。こういった都市もリアス式海岸ゆえに
いくつかあって、雑然としてはいるが、
その間の海と島々の眺めはきれいだ。

 車掌どのの話では、この佐伯まで通勤列車として
使う人が多く、大分から乗ってくる人が多いそうだ。
事実、何人か下車するのが見えた。
右側のホームには別府でやり過ごした普通電車が
停まっており、内心ほくそえんだ。
<彗星>を選んだ自分を誉めたい。
1分停車ののちにドアが閉まった。




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