西都城行普通列車は2両編成で満員だった。

 日曜日の昼前で、県都・宮崎から離れる方向なのに何事かと思う。
10時47分、宮崎行特急<きりしま>の到着を待ってから南宮崎駅を
あとにする。南宮崎からは日南線という全長100km超のローカル線が
分岐している。が、これは最後にとっておこうと思う。終点・志布志は
最後の終着駅として残しておきたいのである。

 加納に停まったあとの清武で若い人たちがいっせいに降りる。
宮崎の大学がこの付近の集中しているためで、すべて学生だったのだ。
先ほどの寝台特急<彗星>でぼくの前に座っていた人もここで降りた。

 宮崎は“チーズまんじゅう”や“なんじゃこら大福”以外にも
“冷汁”、“チキン南蛮”などが有名なのだという。特にチキン南蛮は
宮崎が発祥の地で、専門店もあるらしい。ゆずを利かせたポン酢をかけて
食べるのがいいとのこと。今度食べてみよう。その人はホームで
手を振りながら見送ってくれた。今日も一期一会なのかと思いながら
手を振る。窓を開けて手を振るのも汽車旅の醍醐味だとぼくは思っている。
だから、窓の開く車両を選ぶのである。

 清武から日向沓掛、田野と山間に分け入っていく。
高原のようなところに出て、駅が見えてくると青井岳である。
ここも宗太郎峠と並ぶ日豊本線の難所だが、民家がないわけではない。
風景などはまったく違っており、宗太郎峠が渓流に沿って県境を
越えるのに対し、こちらは低い山々の谷を鉄橋で高々と跨いで地形を
克服しているのである。だから鉄橋を渡るときは非常に爽快だ。

 勾配を下っていくと山之口に着く。
その名の通り、都城盆地の端にある。餅原、三股に停まり、盆地の中心・
都城駅に11時42分着。ここで下車する。列車は市街地の西側の拠点
となっている西都城駅まで行く。

 何年ぶりかに降り立った都城駅は、液晶の電光掲示板が
設置されていた他は何も変わっていなかった。何年ぶりかというと
大袈裟かもしれないが、7年ぶりである。何年か経ったいつの日か、
「最長片道切符で訪れた場所なのか。」と思う時が来る。
そんな土地・瞬間を日本中に作るために旅をしているのかもしれない。

 キオスクで冷汁のお土産品を見つけたので買っておく。
「駅弁は?」と訊くと、いま持ってきている最中らしい。10分経ってから
送られてきたので購入する。“かしわめし”である。
普通なら“かしわめし”というのは博多・北九州のものを指すが、
宮崎のものは“地鶏めし”に近いとぼくは解釈している。
しっかりと煮込んだ鶏肉がのっていて、歯ごたえもよくてうまかった。

 地下道を通って3番ホームへ行くと、単行のワンマンディーゼルカーが
停まっていた。これから乗るのは何番目になるのだろうか。日豊本線が
小倉から都城までとあまりにも長かったので忘れてしまった。
美祢線で82番目、鹿児島本線が83番目、日豊本線が84番目だから
都城からの吉都線で85番目である。あといくつぐらいだろうか。
旅も本当に終盤まできている。
心構えをしておかないと、突然旅が終わる感覚に陥るやも知れぬ。
そうなってはいけない。

 ホームには大分駅同様に洗面台が残っていた。
蛇口をひねってみるべきだったかと思う。12時08分に吉松行普通列車は
発車した。谷頭、日向庄内と停まるうちに畑が多くなった。
水田はない。このあたりはシラス台地の延長上にあるので稲作には
向いていないのである。広々としている。

 万ヶ塚、東高崎、高崎新田とゆっくり列車は進む。
高崎新田で子連れのおばさんが乗ってきた。どうも姪かなにかだろう。
孫に見えなくもない。話しかけてこられたので聞いてみると、
子供の写真を撮りたいが電池がないという。ぼく自身にもよくあること
なので、デジカメ用の電池をおすそ分けする。昼下がりの楽しい時間が
台無しになってはいけない。
“ちょうどいいところにカメラを持っている人がいた”という雰囲気で
礼を言いながらお金を払おうとしていたが、元より商売などする気はない。
ただの偶然だからである。
恩を受けたと思ってくれたのなら、
いつかどこかで誰かに親切にしてくれればいいと思う。

 前方に高くそびえる山が見えてきた。
高千穂峰である。なんと整然とした襞をもつ山腹だろうかと思う。
高校1年生のときに途中まで登った山である。馬ノ背のと呼ばれる崖の
手前で台風の強風により登山中止になったのをよく覚えている。

 吉都線は旧日豊本線であり、都城〜隼人間の日豊本線が
開通するまではこちらが宮崎へのメインルートであった。霧島の南側の
山麓は地形も険しく、日豊本線の最高地点となる北永野田駅もある。
それゆえに吉都線の駅はほとんどが長いホームと広い構内をもつ。
真新しいアスファルトで覆われた都市型のホームとは異なり、
草が生えていて一見ホームとはわからない。人の歩かなくなった場所とは
こういうのものであろう。

 日向前田、高原、広原と進むうちに高千穂峰から北西へ連なる
霧島連山がその威容を見せ始めた。列車はこの山々の北側をぐるりと
迂回するので山の並び方が少しずつ変わっていく。左(南)から高千穂峰、
中岳、新燃岳、韓国岳、白鳥岳で、その手前に矢岳、夷守岳と甑岳である。
すべて1000mを超す山で屋久島の宮之浦岳を除けば九州最高峰。
九州の屋根となる山々である。

 甑岳には登ったことがある。
高校3年生のときの秋の遠足だった。遠足という言葉を高校で使いたくは
なかったが、楽しかったのを覚えている。登山道から外れてしまい、
道がわからなくなったが、どこからか友達の声が聞こえてきて難を逃れた。


「このまま下りたらどこへ行く?」
「そのうち海に出るよ。」
ぼくはそんな高校生だった。




102.日向路

104.百年の駅

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最長片道切符の旅・31日目
103.霧島連山
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