霧島連山の三角形の稜線を見ながら12時56分、小林に着く。

 都城行の普通列車とすれ違う間に乗客の大半が降りる。
残りは15人ぐらいになった。のんびりとしている。
何分停車しただろうか。
10分は停車していない。
ものの数分だったのだろうが長く感じた。
大都市の通勤客にこんなダイヤを押しつけたら文句が出るに違いない。
しかしこの列車の乗客は座っているだけで、
おしゃべりとふざけっこに余念がない。
きっと立客がいてもそうであろう。仮にこれが40分停車でも
この人たちは長時間停車など意に介さないはずである。

 小林の手前辺りから見る霧島連山が一番美しいように思う。
横に並ぶのがよく見えているからだ。小林を発車すると
25‰の急勾配にかかり、エンジンをもこもこと唸らせながら
上りつめてサミットになる。えびの高原に入ったらしい。

 西小林を過ぎるとえびの飯野、えびの上江、えびのと続く。
次の京町温泉でぼく以外の皆が下車し、1人が乗ってくる。
なぜかと思って地図を開くと、京町温泉を出たら鹿児島県に
入るからである。先ほどの子連れのおばさんも降りていって、
窓を開けて顔を出すとこちらを振り返って手を振ってくれた。
礼を言うのはこちらとて同じ。
今日は手を振ることが多い日である。

 京町温泉はコスモスの咲き乱れる小さな駅だった。
乗客はぼく以外に1人の状態で、ずいぶんと寂しくなった。
その1人もバスの停留所のような鶴丸駅で降りてしまい、
ついに車内に1人だけになった。孤独を感じるのか、それとも
貸切気分を味わうのか、どちらでもいいが、
鶴丸駅のホームでは木陰からお地蔵さんが見送ってくれた。
これが本当の一人旅である。

 鶴丸から鹿児島県に入って、ぼくだけのための乗換え放送が
流れ、終点の吉松に着く。1人といっても1駅だけである。
左から九州山地を越えてきた肥薩線の線路が合流して
1番線に停車した。

 1人だけ降り立ったときのすがすがしさはなかなかのものである。
これから何をしようかなという気持ちが雑踏にかき消されずに済む。
自分のペースで改札口へ向かえる。吉松での乗換えは1時間ある。
静態保存されている蒸気機関車を見るのも悪くない。
青春18切符で鹿児島から7時間かけて福岡に帰ったときに、
そのSLに上ったことがある。

 待合室を覗いてみると座敷だった。
ここで少しあぐらをかいて休んでみよう。途中下車印をもらうときに
駅員どのと話が弾む。数年前に隣町で最長片道切符の旅をした
人がいるという。こういうところにも物好きはいるらしい。
「14時28分発の普通列車で嘉例川まで行かれるといいですよ。
肥薩線が鹿児島本線として開通した100年前からある木造駅舎が
整備されてて、観光客にも注目されていますし。
そこから特急<はやとの風>で鹿児島中央着16時34分です。
自由席?大して混んでないですよ。」
と言う。嘉例川には行ってみたいが今日は日曜日である。
観光地の日曜日は当然だが人が多くてあまり行きたくない。
ならばその手前の大隈横川駅で普通列車を降りて、
そこから特急<はやとの風>に乗ろう。
大隅横川も100年の歴史をもつ駅である。

 14時28分発の隼人行普通列車に乗り込んで待っていると
向こうのホームに人吉からの<いさぶろう>号が到着した。
いわゆる観光列車である。
団体客が改札を出て観光バスに乗り込んだ。
ここまで列車で来ておいて都合よくバスを利用するとはけしからぬ。

 発車5分前にホーム売店のシャッターが開いた。
この旅ではじめて見る駅弁の立ち売りだった。
“吉松名物”と書かれた幕の内を売っている。
おじさんは列車の前から後ろへとうろうろしながら
「べんと〜っ!べんと〜っ!べんと〜はいらんかね〜?
ビールとお茶もあるよ〜!」
と言っている。旅の途中だということが実感できる。
先ほど都城で“かしわめし”を食べたばかりなので食欲はないが、
購買意欲はある。ぜひ買いたい。でも買うまでに至らず、
ドアが閉まった。

 吉松からは霧島連山は左に見えているが、先ほどのように高くない。
けっこうな高さにまで上ってきたらしい。粟野駅で<はやとの風>と
すれ違う。粟野からはかつて、国鉄山野線という線が分岐していた。
その線路跡も駅構内では草に埋もれ、分岐点からは道路になっていた。

 エンジン音も軽やかに走って大隅横川駅に着いた。
ここで下車する。広い構内にさびれたホーム、
そして築百年になる古い木造の駅舎。
静かな雰囲気。
九州をはじめ、西日本にはこんな駅が多いようだ。
3つの線路のうち、真ん中の線路が撤去されている。
朽ち果てる雰囲気の構内で、
駅舎がただ静かにその様子を見守っている。

 駅務室の中は何もなく殺風景なのだが、
どこか人のいた雰囲気を残していて、窓口に駅員がいる姿が
目に浮かぶ。冷たくて機械的な現代の窓口とはまったく違う。
呼べば中から駅員が現れそうな気がする。

 15時15分発の特急<はやとの風3号>鹿児島中央行に乗る。
普通列車用のディーゼルカーを改造したものだから
窓が開くと思っていたら自由席は満席だった。
がっくりしてしまう。
吉松駅の駅員の話では「混んでいない」という返事であり、
「空いている」ということではなかった。
大いに早とちりをしてしまったことに気付く。
これでは窓を開けるも何もあったものではない。
しかし乗らなくてはいけない。

 車掌は乗務しておらず、“客室乗務員”という中途半端な
肩書きで女性乗務員が乗っていた。ドア扱いは運転士が行ない、
検札などはこの客室乗務員が担当するらしい。
チケッターで捺印をもらう。が、
「日付の入っていないチケッターでしたね。押す前に申し上げれば
よかったです。申し訳ございません。」
と言う。丁寧である。丁寧すぎて恐縮してしまう。
最長片道切符にも興味を持ってくれたらしく、いろいろと訊かれた。
しかし何かが違う気がする。
女性客室乗務員だからではない。
彼女たちは何も悪くない。




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最長片道切符の旅・31日目
104.百年の駅
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