「霧島温泉駅で5分間停車いたします。おタバコをお吸いのお客様、
ホームに灰皿を設置しておりますのでどうぞご利用ください。」

 5分停車とはのんびりした特急である。
なぜ特急にする必要があるのかわからない。最高時速も95km。
薩摩隼人にちなむ<はやとの風>は穏やかな風らしい。
すでに86番目の路線・肥薩線なのである。

 「まもなく発車しまーす!」
と、乗客に呼びかけている。続いて嘉例川駅の説明が流れた。
そして嘉例川駅に着く。予想通りホームは“肥薩線の利用者”ではない観光客で
いっぱいだった。5分停車して記念撮影時間が設けられ、乗務員はシャッターを
きっている。同じように百年の歴史を誇る大隅横川駅ではこのようなものは
なかった。あちらで降りて正解だったようだ。

 「まもなく発車しまーす!」
またしても同じように呼びかけている。バスガイドのようだ。
ますます気分が盛り下がってきた。遠足の引率をしている先生にも見える。
この列車に乗っている人たちは、仮にそういった木造駅舎を見に来たとしても
そこにいる土地の人たちや草花、朽ちてゆく線路をみて何かを感じ取ったり
することなどないのではあるまいか。彼らは観光客。ぼくは旅人。
自分はあからさまに場違いなのである。

 自由席特急券は鹿児島中央まで買ってあるが、隼人で降りようか考え始める。
ここにいる人たちは何も悪くない。ただ、乗る列車を間違えたと思った。
九州山地の南端から町を見渡したときに、隼人到着の放送が流れた。
「隼人で降りられるのですか?」
と言われた。かえって申し訳ないので
「ぶらり途中下車です。隼人の駅が気になりましたので。」
とだけ言っておく。一人旅には向かない列車であった。

 <はやとの風>を見送ってから、隼人駅3番線で待つ。
次に来る鹿児島方面の普通列車は1時間で2本ある。
1本目が窓が開く車両なら乗る。そうでなければ見送って2本目に乗る。
来たのは国鉄型の717系という電車で、窓が開くから迷わず乗った。

 つくづく自分の行動がおかしく思える。
今朝は窓が開かないだの熱線吸収ガラスだの言って普通列車を見過ごして
寝台特急に乗り、今度は窓が開く特急に乗りながら座れずに普通電車を
待っていた。1人旅のよさ、勝手気ままさが出ていていいのだが、
自分の行動が一貫していないなと思えて仕方がない。

 シラス台地の複雑な襞に沿って下りてきてしまったらしく桜島が見えている。
ここは錦江湾の最も奥なのだ。隼人を出た列車は加治木、錦江、帖佐、姶良に
停まり、だんだん桜島が近づいてくる。西から南へと進路を変えるにつれて
ボタ山のように単純だった山容が横に広がり、北岳、中岳、南岳に分かれる。

 桜島を含む鹿児島湾一帯は、実は火山が陥没してできたカルデラである。
巨大な窪地として知られるカルデラは、阿蘇が名高いが、鹿児島湾を取り囲む
“姶良カルデラ”は世界最大である。1つの火山としては最も高い山がそこには
そびえていたという。海水が流れ込んで鹿児島湾を形成しているために
阿蘇のようなはっきりとわかるものではないが、中央火口丘が桜島、
カルデラ盆地が鹿児島湾と錦江湾、外輪山がシラス台地である。

 列車は重富を発車して錦江湾の岸に出た。
左後方に霧島の山々、眼前に桜島と揃う。海越しにこれほど大きな山を間近に
見ながら旅ができるのは日本広しといえどもここだけである。
世界でも稀だ。高さ500mものシラス台地が海際からそそり立ち、
わずかな土地に線路と道路が仲良く並んでいる。
いま列車は外輪山の淵をたどっているのだ。

 海を眺めるのももちろんいいが、シラス台地側の急斜面も面白い。
緑の一際濃い温帯植物がべったりと斜面を覆い、断崖のような斜面でありながら
岩肌が露出していないのである。一風変わった景観だ。崖の下なので
首が痛くなるほどに見上げないと空は見えない。

 桜島が視界いっぱいに広がるところで竜ヶ水駅に着く。
ここは鹿児島水害のときに土石流で流失した場所。復旧の記念碑が立っている。
宮崎行の普通列車とすれ違って発車する。本当に雄大な山だ。
溶岩の流れる沢はもちろん、荒々しい岩肌がはっきりと見えている。
北海道が雄大な大自然なら、九州は火の国である。
鹿児島へ来たなという気分にさせてくれる。

 島津別邸の磯庭園をかすめてトンネルをくぐると16時44分、鹿児島駅に着く。
長かった日豊本線の旅はここで終わり、途中下車する。桜島へ渡ってみよう。
歩いてターミナルへ行き、乗船する。
「桜島が最もよく見えるのはどこか?」と訊かれたら、車窓なら日豊本線、
すべてを含めてなら迷わずここである。
鹿児島港を離れたフェリーの上が最もよく桜島が見える。

 潮風が心地よい。船旅も悪くないと思う。
空気を味わえる点では汽車旅に通じるものがある。桜島の上半分は荒々しい
山肌をむき出しにしているが、中腹あたりは赤く色づいている。最も低いところでは
民家が並ぶ。人々の営みなど所詮は山の足元にも及ばないとでも言いたげだ。
人間は小さいなと思う。

 港に着いて下船する。上陸するときはワクワクする。
渡ってしまうと、桜島はのぺっとして見えた。湯之平展望所まで行こうと
レンタルバイクを期待して店に入ったが今日はもう終了とのこと。
これから宴会らしい。

 我を貫くのはやめて、夕日の美しい鹿児島湾を鹿児島駅まで戻り、
18時29分発の鹿児島中央行普通列車に乗り込む。城山トンネルを抜けて
鹿児島中央駅に着いた。最長片道切符の旅・最南の駅である。
途中下車印をもらうと、
「すごい切符ですね。稚内からですか?何日間?えぇー!すごーい!
すごい切符ですよ!○○さん!最長片道切符だってぇー!」
と女性駅員は鹿児島訛で驚きながら助役を呼んでいた。
こうやって感情を素直に表してくれる人はうれしい。
ふるさとの訛りなつかしである。
鹿児島は空気も人も温かいなと思う。

 鹿児島中央は元は“西鹿児島”であった。
“南”宮崎同様に終着駅にふさわしい名であったが、新幹線開業を機に
改称された。あまり好きな名ではなくなったが、この雰囲気は好きである。
それが働く人にも現れていて、好ましく思える。

 ビジネスホテルに入り、天文館に行く。
駅前に客引きがいたがこれは避けたほうがいい。旅館に限らず街頭で人を
呼ぶようなところはそれ相応の内容が待ち構えていることが多い。
宿をとっていて正解だ。もっとも、この旅でこれが最後の外泊となる。

 天文館という繁華街は好きである。
方言がそのままの形で飛び交い、食べ物が美味しい。鹿児島に来たら必ず食べる
“くろいわ”のラーメンを腹に収める。黒豚のチャーシューがのっていた。
その通りの反対側にある“天文館むじゃき”の白熊も食べる。どんなに腹が
膨れていてもこれを食べずして鹿児島に来たことにならないと自負している。
特にチョコレート白熊は、鹿児島中央駅の“むじゃき”にはないのである。
鹿児島の夏はこれだ!
と、自分で納得してから宿に戻り、21時30分就寝。
鹿児島グルメは堪能しても堪能しきれないなと思った。




104.百年の駅

  海の門

  旅路の果てに

  北緯31度11分

106.不知火の海は遠く

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最長片道切符の旅・31日目
105.姶良カルデラ
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