鹿児島中央からは87番目の路線・九州新幹線に乗る。

 最も新しい新幹線である。
土産物コーナーで“黒豚みそ”を買う。鹿児島に来たときは必ず買って帰る。
昼飯は駅弁か、キビナゴ料理、もしくは郷土料理の“豚コツ”にしようと
思ったが、新幹線のコンコースにうどん屋があって覗いてみると
豚軟骨うどんがあった。迷わず入って注文する。うどんは九州がうまい。
印象が強すぎず、程よいので好きだ。

 食べ終わって11番線に上がる。
はじめて乗る九州新幹線なので、エスカレーターですら心拍数が上がった。
これから乗る<つばめ8号>は折り返し清掃中で、乗れるようになったのは
発車5分前。なんと味気なく、慌しいことか。
始発駅から乗るときはドアが閉まるその瞬間まで、これから先の道程を
考える余裕が必要だと思うのだが、それがない。

 しかもホームには駅弁屋はおろか、売店すらない。
新しくてきれいで開放的で、女性係員もいるが、それだけである。
旅立ちには物足りないホームだ。在来の鹿児島本線特急用ホームで
駅弁を売っていた頃が懐かしく思える。隣には大きな駅ビルもあり、
本当に別の町に来てしまったようだ。

 ドアが開いたので乗り込むと、車内のほとんどが木製。
それも桜の木を用いてある。座席のモケットは西陣織。予算は限られていた
だろうに、よくこんなに作ったものである。本州を走る新幹線には
こんなものはない。素っ気ない駅とは対照的なので複雑な気持ちになる。

 新八代までの所要時間は40分と放送している。
在来特急の<つばめ>で2時間かかっていた頃をよく知る者にとっては
新幹線は魔法の杖か?と思う。桜島を背に発車すると、すぐに武岡台の
トンネルに入る。鹿児島の街並みを楽しむ余裕もなくトンネルの連続だ。
最急勾配がシラス台地を貫くトンネルの中にあるらしいが、
それもわかるものではない。

 トンネルを抜けて川内に停まる。
新幹線ホームは壁に覆われてどんな駅になっているのかもわからなかった。
川内を出るとトンネルまたトンネルになる。阿久根付近から東シナ海を望む
車窓も新幹線からは無理である。

 山がちな紫尾山トンネルを抜けて出水平野に出る。
ツルの渡来地として有名だが、鹿児島で最も米が美味しいところである。
市街地が近づいてきて出水駅を通過。平野部から再び山間部に入る。

 時折現れる明かり区間では、東シナ海と天草の島影が見えた。
防音壁はかなり邪魔であるが、新幹線らしい高いところからの眺め。
それでも、旧鹿児島本線のように不知火海に沿ってゆっくりと磯を走る
車窓は失われた。あの美しい眺めを犠牲にして、そんなに急がねば
ならないのかと思う。何度見ても、不知火海を隔てて見ることのできる
天草の島々は飽きることがなかった。山の中なので、斜面にミカン畑が
整然と並んでいるのが見えるようになったにすぎない。

 いつのまにか新水俣は通過してしまったらしく、
新八代到着のアナウンスが流れる。阿久根、出水、水俣と県境を越えながら
北上するのがこの地域を旅する醍醐味であったのに、それすらも失われて
あっさりと新八代駅に着いた。ここで博多行特急<リレーつばめ>に乗換え
となる。確かに速くなったが、一度腰を落ち着けた席を離れなければ
ならないのは気が引ける。“乗換え”という言葉を極力避け、<つばめ8号>
を新八代行ではなく、博多行と案内するのも苦肉だがわかる気がする。

 乗換え時間は3分。
短い気もするが、ホームには駅係員が待機していて、乗換えは至って
スムーズである。乗換えを必要とすること自体、高齢者には優しくないと思う。
3分で果たして乗換えができるのかという不安は払拭できまい。

 乗換え客を吸い込んで、特急<リレーつばめ8号>博多行は発車した。
折り返し準備中の800系新幹線を見ながら、在来線とのアプローチ線を
駆け下りる。あとはい草の産地として有名な八代平野をひたすら北上する。

 博多に向けて工事中の九州新幹線の横を快走し、熊本に着く。
乗客の半分近くが入れ替わる。こんなに乗降があるのなら、八代ではなくて
熊本まで延伸してから開業するべきだったのではないだろうか。
そして驚いたことに、熊本駅構内にあったはずのレンガ造りの機関庫が
なくなっていた。

 蒸気機関車の煙で煤ぼけた機関庫がなくなっていたのだ。
衝撃を受ける。かつていろんな車両が休んでいた熊本運転所も、
重機によってさら地となっていた。新しいもののために、旧きものは
その良し悪しを問わずに駆逐される。すべて新陳代謝なのだが、
残してほしかった。

 熊本を出ると上熊本で市街地は尽きて、西里、植木、田原坂に挑む。
峠というほどのことはない。だが、“たばるざか”という響きにはそそられる
ものがある。ここを越えれば熊本か、と思うことがよくあった。

 玉名から、金魚の産地として有名な長洲、大野下、南荒尾、荒尾を通過して
大牟田に停まる。西鉄大牟田線の電車が停まっている。この西鉄の電車を
見ると福岡県に来たなという気持ちにいつもなる。

 鹿児島からここまで1時間半。
確実に近くなった。景色を早送りしているようなものだったが、そこまでして
時間が必要なのかと少し思う。そう思っているうちに用水路が張りめぐらされた
筑後平野に入り、13時40分、久留米着。乗り換えねばならぬので下車する。

 車内改札のときにチケッターで日付を入れてくれた車掌どのに
お辞儀をしてから階段を上る。新幹線<つばめ>の車内でも、
「いやいやすごい切符ですねぇ・・・。あと少しですか?」
と車掌に言われた。あと少しである。ただ、南九州の旅が終わった気がしない。
新幹線のスピードのせいなのだろうか。
魂がついてきてなくて、心ここにあらずの状態で1番線で列車を待った。




  海の門

  旅路の果てに

  北緯31度11分


105.姶良カルデラ

107.筑後吉井駅

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最長片道切符の旅・32日目
106.不知火の海は遠く
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