大山駅を出ると勾配を上って畑が広がる。

 踏切待ちをしている軽トラックの中から
おじさんとおばさんがこちらを見ている。
何を窓を開けて見ているのか?という顔をしていた。
開聞岳に向かって走る中、次の踏切では
農耕用トラクターが、その次の踏切では
原付バイクにヘルメットをしていないおじさんが
乗っていた。大都会では見ることのできない
光景に出会えた。

 楽しくなる。日本の原風景のような山里ではない。
かといって、北方の荒涼たる最果ての路ではない。
ここには社会の煩悩や欲求などを超越した何かがある。
しかし、どこか日本らしさが漂う。

 乗客にも、笑うと顔がくしゃくしゃになるおばあさんがいる。
乗ってくるのは学生以外、皆そんな人ばかりである。
おそらく終点の枕崎まで行くのだろう。
列車が来るまでの待ち時間は都会のそれとは
比にならないほど長いが、同じように列車を待つ人と
話をする。この人たちにはそれで十分なのである。
列車の本数は少なくとも目的地まで運んでくれる足さえあれば、
営利よりも自分たちのためだけに走ってくれる列車があれば
いいのである。公共交通機関としての鉄道のあるべき姿は
こうではないだろうかと思う。

 やがて列車は畑の中の無人駅・西大山に着いた。
かつては日本最南端の駅だったが、沖縄にモノレールが
開業してしまい、本土最南端の駅に改められた。
しかし、鉄道はつながっていなければ意味がない。
だからぼくは西大山が最南端だといつも思っている。
ついにここまで来たなと思う。
途中下車は帰りにしよう。
とりあえず終着駅まで行っておきたい。

 西大山を出ると列車は西に進路をとり、やや北寄りになる。
薩摩川尻、東開聞、開聞と停まっていく。開聞岳の麓であり、
正面にあった山は左側に移っている。

 入野、頴娃は駅舎もなく、道路から階段がついているだけの
無人駅。柑橘系の香りがほんのちょっとしたので見てみると、
民家から路地に張り出した枝にポンカンと思しきものが見えた。
このあたりの畑は焼酎の原料になるサツマイモの畑が
ほとんどである。それ以外は大根やスイカだろう。
スイカは指宿のスイカが一番好きだ。
冬になったら民家の軒先には干し大根が並ぶことだろう。

 西頴娃駅は山川以西で唯一の交換可能駅。
山川と枕崎の間には16の駅があるが、駅員がいるのは
ここだけである。高校生はほとんど下車する。
残りの人は枕崎まで行くことがわかる。
その西頴娃で鹿児島中央行の普通列車とすれ違う。
「お互いに最南を走る列車。1両で冴えませんなぁ。」
と語るかのように、小さく警笛を鳴らして発車していった。
「そうですなぁ。冴えませんが仕事だし。」
と返事するかのごとく、こちらも警笛を鳴らして発車した。
健気なローカル線である。

 御領、石垣、水成川と停車する。
開聞岳の北裾は通り抜けており、1つ丘陵を越えて
開聞岳から太平洋までを見渡せる近代的な
コンクリート橋に出た。川が形成する谷は深く、
それを囲む森も深い。どうも地形的には平坦ではないらしく、
丘が連続して凹凸を形成しているようだ。
鉄橋とトンネル、切通しが連続している。

 頴娃大川、松ヶ浦、薩摩塩屋と知覧町内を走る。
周りに茶畑もあり、九州島内有数の茶処として
知覧茶の栽培が行なわれているようだ。
特攻隊の基地があった町である。
知覧特攻平和会館にも行きたいが、時間がなさそうだ。
最長片道切符の旅も、日程的にそろそろギリギリだと気付く。

 最後の停車駅・薩摩板敷を発車すると
白沢駅からずっと左側に見えていた東シナ海は離れ、
トンネルに入る。抜けたところで枕崎の町が広がり、
7時19分に終点の枕崎駅に到着。
屋根もない砂利のホームに、列車は無雑作に停車した。

 何もない駅と言えばそうである。
人がけっこういた。かつては伊集院や加世田からの
鹿児島交通が乗り入れており、決して末端の終着駅では
なかった。その線路跡もホームの向かい側にあり、
さら地になっている。アスファルトで覆われていない
砂利のホームから3つの石段を降りたときから、駅舎の中が
見えてきた。木製の椅子が並んでいる。石段を降りたときに
感極まったらしい。涙がこぼれていた。

 どうしてなのかと言われれば、特別な気持ちなど
持っていたわけではなかった。むしろ、枕崎駅に降りたときに、
虚しくなるのではないかという不安のほうが大きかった。
1万数千kmにも及ぶ旅を続けてここまで来た。
その長い旅路の中でも、駅に降りて泣いたことはない。

 稚内のような終着駅の雰囲気が漂うものとは
だいぶ違っている。指宿枕崎線は宗谷本線のように
特急列車が走っているような路線でもないし、
根室本線のように荒涼とした原野を走る路線でもない。
鉄道らしさをもったローカル線である。
だからぼくは指宿枕崎線が好きだ。
人々の営みの中を走りながら最果ての風情を出している。

 朝日が差し込む駅舎の入口では、
花が静かに揺れていた。その花たちが見守る列車は、
太陽の方向へと発車準備を進めていた。
旅路の果てには、言葉にできない何かがある。




指宿枕崎線の旅 @ 海の門

指宿枕崎線の旅 B 北緯31度11分


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指宿枕崎線の旅 A
旅路の果てに
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