原田駅で途中下車印をもらう。

 「すごか切符ですねぇー!九州はどげん回られるとですか?
あ、明日で終りなんですね。いやーすごか!がんばってください。」
と言ってもらって、10時52分発の大牟田行快速電車に乗る。
このカーブした原田駅のホームで、寝台特急<はやぶさ>を
見た記憶がある。あのときはまだ、筑豊本線は客車列車で、
1両ではなく4両編成だった。0番線で機関車の付け替えを
行なったのをよく覚えている。

 団地が形成されはじめて変貌を遂げつつある原田をあとにする。
次の停車駅である基山で降りる。このあとの普通列車でも
鳥栖での接続列車は同じだからである。それなら基山で
途中下車印をもらっておこうと思う。甘木鉄道のレールバスは
停まっていなかった。

 後続の10時59分発の普通列車に乗ると、次の弥生が丘で
特急退避のため3分停車するという。ここは鹿児島本線で最も
新しい駅だし、途中下車印をもらいに行こう。改札口へ行くと、
駅員がいない。メガネが置いてある。1,2分待っても出てこないし、
呼びかけても反応がない。退避する特急列車が通過していったので
やむを得ず列車に戻る。トイレだったのだろうか。

 普通列車は11時14分に鳥栖に着いた。
改めて途中下車印をもらう。忙しそうな女性駅員にポンと押して
もらい、2番線に停車中の普通電車に乗り込む。発車まで15分ある。
ホームに出たら立ち食いうどんのスタンドから湯気が出ていた。

 この前来たときには名物の“シュウマイ弁当”を食べた。
今日は中央軒のかしわうどんにしよう。東筑軒とは製麺所も違うので
味ももちろん違う。こちらのほうが麺が柔らかいようだ。
基山製麺とある。鳥栖でホームに降りることも少なくなったが、
ここのうどんも美味いなと思った。

 鳥栖は鉄道の町である。
駅横のサッカースタジアムがあるところには、かつて機関区と
操車場があって多くの機関車が屯していた。鳥栖には2000人の
鉄道職員がいたという。その鉄道の町にふさわしく、九州鉄道の
博物館を作ろうという計画があったが、頓挫してサッカースタジアムが
できた。その計画は門司港の再開発事業で再浮上して
“九州鉄道博物館”なるものがオープンしている。

 11時36分発の長崎行普通列車は2両編成だった。
普通列車はもうほとんどワンマン運転らしい。それほどまでに合理化
せねばならないのかと思う。運転士の負担が増えているのは
はたしていいことなのだろうか?

 車両もそうである。
熱線吸収ガラスとかで合理化・低コスト化を図ってはいるが、
佐賀の空の青さも稲穂の色付き方もわかりづらい。
せっかく窓が広いのにと思う。
鹿児島本線と分かれて、肥前麓、中原に停まる。

 どこかで見たことのある土地がある。
確か中学3年の終り、ここに親父と列車を見に来てメガネをなくした。
映画を観に行っていたおふくろは、そのおかげで
「映画館に行くとろくなことがない!」
と言いはじめて、それ以来、映画館には行かなくなった。
映画は衛星放送で放映されるまで我慢するようになったのである。
自分のせいではないと言いたいが、結局のところ注意していれば
よかったわけで、大いに自分のせいだ。

 吉野ヶ里遺跡の物見やぐらが見えたら吉野ヶ里公園に停車。
佐賀平野は低湿地帯でもあるので掘割が多い。穀倉地帯である。
用水路が多いわけで、網の目に張り巡らされたこれをクリークと呼ぶ。
そして伊賀屋、県都・佐賀には11時56分着。

 今日はここまでである。
途中下車印をもらうのだが、女性駅員どのはどうも反応が小さくて
張り合いがない。鹿児島中央駅ぐらい驚いてくれたらいいのに。
経由地はおろか、券面に書かれた行先、始発駅、料金、有効期限も
確認しない。こんな形だけの改札ならキセルされてもわからない
のではあるまいか。

 普通列車で福間まで戻り、スーパーでいも天を買っていると
中学校時代の担任の先生にばったり会った。何年ぶりだろうか。
最長片道切符の旅をしている話をすると
「もうとっくの昔に終わらせとるもんと思っとったぞ。」
と言われる。言われてみるとそうだなと思う。学生でいる間に
やろうと思えばできたかもしれないなと思った。踏み切ることが
できなかった自分の意志の弱さだったかもしれない。

 明日が最終日という日に、大事な人に会った。
なかなか会おうとして会えるものでもないのかもしれない。
実際は同じご町内で、親父も顔見知りだから会えるのだが。。。
家に帰ったらカレーライスだった。



111.冷水峠

113.手書きの指定券

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最長片道切符の旅・33日目 
112.鉄道の町
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