踏切の音で意識が戻る。

 部屋が真っ暗なので、かえって外がよく見える。
漁船らしき灯が点々とあったので佐賀関付近のようだ。通過した駅も
駅名が読み取れなかった。何という駅だっただろうか。ガタンゴトンと
軽やかに刻まれるジョイント音に混じって、汽笛が鳴り響く。

 自分は夜汽車に乗っているのだなと実感したら、
食堂車でもあれば・・・・と思う。オルゴールが流れて大分着。
21時半前だが、すでに定時に回復しており、所定の8分停車となる。
ホームに降りて外の空気を吸い、背伸びをする。
空気は暖かく、まだ九州にいることが感じられて嬉しくなる。

 機関車交換が済んだら発車。
闇の中にある別府湾を見ながら、別府に停車。おやすみ放送が入り
明朝まで放送がないことが告げられて、B寝台は減光される。
列車は宇佐、杵築、中津と停まり、福岡県に入って小倉に停車。
今朝出発した福間からは50kmと離れていない。最後まで何を
やっているのかと阿呆らしくなる気持ちが湧かないでもない。

 時間調整のために小倉で10分停まる。
その間に宮崎を1時間後に発車した<にちりん24号>に追いつかれ、
客車列車は電車特急に追いやられる運命にあることを悟る。

 九州側の玄関となる門司では、1・2号車のドアが開かないらしい。
今日は増結されているからだそうだ。ホームに出ると、本州内の
併結相手となる<あかつき>が接近してくるところだった。
係員が合図灯をもって誘導しており、ガチャリと連結される。

 手元に手書きの線路図がある。
最長片道切符のルートの図で、北海道に端を発した赤い線が
犯人の逃走経路のように九州まで至っている。北海道に行く人も
九州に行く人も年間何十万といるだろうが、北海道から九州まで
できるだけ遠回りをしていこうという人はあまりいないだろう。
どっちがバカか利口かは火を見るよりも明らかだが、平凡か非凡か
という比べ方だってある。ぼくの場合後者である。

 そもそも片道切符のルート検索は気丈の遊戯としては
知的にも優れたものと言える。しかし、それを実行するとなると話は
まったく別の次元になり、“知”と“痴”の違いが出てくると思う。
そんな切符の行先となった九州をあとに、<彗星>は
寝台特急<彗星・あかつき>となって関門トンネルを抜ける。

 ぼくの好きな下関駅に着いた。
本州側のターミナルとして歴史を重ねてきた古いホームに停車中の
ブルートレインは旅情にあふれている。タイル貼りの床も洗面台も
長距離列車のためにある。前方で本州用の電気機関車に
付け替えたところで発車した。街の灯に浮かぶ多くの線路と
旧き要衝の雰囲気が漂う駅。下関を発車する瞬間が
九州に別れを告げるときだといつも思っている。
ここは九州なのだ。

 列車は夜の山陽本線を駆ける。
部屋で横になっているうちに眠くなった。B個室ソロの2階は窓が
湾曲して頭の上まで窓がある。横になれば空が見える。
そんな列車はなかなかない。星がいくつか見えた。
カーブを通過すればプラネタリウムが回転する。こういう楽しみ方も
夜行列車にはあるのだ。<彗星>と<あかつき>。
どちらも夜行列車にはふさわしい。夜空の二重奏だなと思いながら
ぼくは夢路に就いた。


 目覚めると夜が明けていて、まったく別の土地にいる。
こんな不思議な感覚に陥るのが好きで、そして忘れられなくて
いつも夜行列車を使う。早起きして新幹線に乗るよりも
ずっと気分がいい。1日のはじまりを告げる列車に乗っていられる。
それが夜行列車の醍醐味である。

 そんな夜行列車に乗る機会はあまりなかった最長片道切符だが、
乗換えの回数や長々しさからもわかるように、日本は広い。
晩夏から初秋という限られた季節であったにもかかわらず、
日本国土のもつ広さ多様さには驚くばかりであった。
折りあれば、紅葉前線とともに北から南下したいとも、桜前線とともに
今回とは逆のコースをたどって北上したいとも思っている。

 こんな旅をしたことを若気の至りとも思っていない。
むしろ無意味や無駄に見える行為の中にこそ、かりそめにも
自分の生きた証があるのではないかと思ってきた。その気持ちは
最後の途中下車駅である有田駅の駅長どのが
「この切符は財産だよ」
という言葉で代弁してくれた。

起点・北海道稚内駅
終点・佐賀県肥前山口駅
最短経路・2846.3km
これを50日がかりで蜿蜒と12000kmの乗車券で旅をした。
1枚の切符で考え得る最長距離の旅である。

 実際にたどった日数は34日だが、他に行った路線もあわせると
ちょうど50日。乗車距離は20000kmを超えた。
鉄路をえっちらおっちらと乗り継いで壮大な遠回りをしているうちに
1枚の切符で地球の直径に相当する距離を旅した。
そして結果的には地球を半周してしまったことになる。

 時間を惜しみたがる現代の風潮に逆らって2800kmを
12000kmに引き伸ばした無用の旅。お金、自由、時間の3つが
揃わねばならぬと思って敢行したが、終わってみれば
知力、体力、気力の三拍子とも揃わなければ出来なかった。
趣味性の極致であり、世間一般にはふつう“阿呆”という。

 子供のように列車に乗りたがるが、子供と違って早く目的地に
着きたいとは思わない。鉄道に対するそのような考え方は
大人たちと同じである。いつまでも乗っていたいとぼくは思う。

 阿呆で結構。
ぼくを泣かせたり笑わせたりしたのは、1枚の紙切れにすぎない。
万人に欠けたる、本当の贅沢がここにある。





あとがきは悪あがき

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旅の終わりは個室寝台車   特急<彗星>14時間
夜空に輝く二重奏
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