松山駅で駅弁を買う。

 “たいめし”があれば文句なしだが、ない。
穴子ちらしにするか、坊ちゃん弁当にするか迷っていたら、
一際目を惹く弁当があった。“汽車弁当・¥630”。
これに決める。なぜなら、木箱の香りがしたからである。

 2番ホームに戻って、特急<しおかぜ9号>に乗る。
同じアンパンマンだが、伊予市までは6分で着くので我慢する。
そんなに毛嫌いすることもなさそうだが、<しおかぜ号>には
どうしても見えないのである。風景に溶け込まない列車は
どうも苦手である。

 伊予市で降りて、宇和島行普通列車に乗り換える。
座席がほぼ埋まった14時48分に発車した。次の向井原を
出たところで内子方面の線路と分かれる。いまはそちらが
メインルートだが、走るのは古くからの予讃“本線”である。

 開通が古いゆえに峠越えもカーブと切り通しばかり。
トンネルを掘る技術がまだ未発達だった頃の開通であろう。
唯一の短いトンネルを抜け、海が広がった。
瀬戸内海というか、伊予灘である。波は高くない。

 海へ下りる途中の小さな駅・高野川に停まり、伊予上灘で
対向の普通列車とすれ違う。階段はなく、構内踏切を渡るので
乗客が渡り終えるのを列車は待っていた。のんびりしている。
乗客を区別することのない“やさしさ”を垣間見た気がした。

 波止場のあるところは漁港だろうか。
その集落の家々には立派な屋根瓦。それらの集落を
見渡しながら太陽に向かって走ると下灘駅に着く。
下車する。

 ここは一面に海が見える小駅である。

 だが昔は駅員もいたらしく、線路の形から察するに
もう1本線路があったらしい。駅舎とホームをつなぐ部分が
違うのはそのためだろう。そこには静かに花が咲いていた。
小さな声で合唱しているように見える。線路と海の間に
国道があり、車の音が止むことはない。海の音は
聞こえないが、花が風に揺れているのは何とも印象的だった。

 次の列車まで時間があったので、ホームを下りて線路を
少し歩くとススキがさざめきはじめた。
車の音など耳に届かなくなった。
剥がされた線路跡に使用されていた枕木が山積みされていて、
そこに寝そべって空を見るのも悪くない。
線路の枕木は意外に温かかった。

 枕木ではなく、木の枕を楽しんだあとにホームのベンチで
駅弁を開ける。明治15年の弁当を復刻した“汽車弁当”は、
素朴でおいしかった。食べ終えてホームの端に座っていると、
松山行の普通列車がやってきた。

 降りる人はいない。
ホームにいる人は皆、車である。写真を撮るのは
個人の自由だが、思うに、撮らせてもらっているのだから
鉄道で訪れるべきであろう。と、少し自分の頭を堅くしてみる。
多少なりとも気分を削がれてしまったが
“下灘”と書かれた駅名標の下に咲く花たちは表情を変えない。
それだけが救いだった。


15.アンパンマン列車再び

17.老兵の挽歌

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四国周遊切符の旅  15.下灘駅
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