8月14日(日)

 朝6時過ぎの稚内駅。
日本最北端の駅でもある。
ここに来るのは4度目。
はじめての時がオートバイツーリングで、稚内に一泊してから礼文島に渡った。
2,3回目は鉄道。
今日と同じく、特急<利尻>で来たのを覚えている。。

 フェリー乗継の人たちも減り、あとはオートバイ、自転車の旅人が仕度を整えている。
ぼくのように6時38分発の普通列車・名寄行で旅立とうという人は少ない。
最北の立ち食いうどんが湯気を立てていて、それをすする人たちが何人かいる。
列車は入線していたがまだは改札は始まっていなかった。
セイコーマートに行って、北海道限定の乳飲料“カツゲン”を買う。
ぼくはこれが大好きで、北海道に来たときはいつも買っている。
1Lパックで買ってから駅に戻ると、改札は始まっていた。

 最長片道切符に最初のチケッターが入る。
“2005.8.14 稚内駅”
券面に“稚内→肥前山口”とあるのを確認してから丁寧に押してくれた。

 ホームに行くと、1両のワンマンカーが停まっていた。
先頭のほうを見ると、運転士がどこかで見たことのある顔・・・。
5ヶ月前に稚内に来たときに乗った、この稚内始発列車の運転士その人であった。
最初の列車でこんなめぐり合わせがあるというのはおもしろい。
列車本数が少ないから本当は珍しいことではないのかもしれないが。
四季折々を最北の地で過ごす鉄道マンに敬意を表しつつ、乗り込むことにする。

 車内はぼくの他に8人。
4人くらいは地元の人。それ以外は待合室でも見かけなかったが、旅行者とわかる。
6時38分、前方の信号が青になると発車案内の放送が行なわれ、
運転士と改札の駅員どのが敬礼をしてドアが閉まる。
いよいよ長い旅のはじまりである。

 運転士どのはこちらの顔など覚えていない様子でハンドルを握っている。
稚内の市街地を高架橋で抜けるところで、南稚内駅に着く。
オホーツク海岸の浜頓別方面を目指した国鉄天北線の分岐駅だった。
かつての北海道といえば、それこそ網の目のように鉄道網があったため、
最長片道切符の始発駅は襟裳岬に程近い広尾、終着駅は鹿児島の枕崎であり
そのルートも非常に複雑なものだった。
自動車の普及には勝てずに、その大半が廃止されてしまった現在、
稚内が起点となっているのである
だからぼくは、もっと貪欲に旅をしたいと思っている。
最長片道切符のルートをたどるのはもちろんだが、
それだけではいつかゴールを急ぐことになるのではあるまいか。
もっと寄り道をしたい。
行ったことのない場所へ行きたい。
そこにある何かに触れたい。

これ以上北へ来ることはもうないのだなと思っていると、丘陵の上に出る。
右手には海が開ける。利尻水道だ。
沖には雲に隠れた利尻富士が、裾野を海へと広げていた。
晴れていれば富士山の上半分を切って浮かべたような壮麗な姿が眺められただろうが
あいにく曇っている。礼文の島影だけは確認できた。

 観光客の多い特急列車なら、減速するサービスもあるようだが、普通列車にはない。
何事もないかのように流れる車窓の中から、感動を見出す。旅人にはそれでいい。
やがて、抜海駅に着く。
ぼくの好きな駅の一つである。最果ての地を思わせる駅名だからだ。

 クマザサの広がる抜海丘陵を下りると、右手にはサロベツ原野が広がる。
国定公園の中、北の大地を吹く風は心地よく、心が洗われるようだ。
このワンマンカー、冷房がない。
車内に入ったときに暑いと感じたのはこのせいであったかと気付く。
5台の扇風機も2台しか回っていないので、窓を開けるしかない。
むしろ窓を開けたいと思う。
土地の空気を感じるために。

 サロベツ原野を抜けて、豊富、幌延と停まる。
幌延は日本海に沿って留萌へと延びていた国鉄羽幌線の分岐駅。
その羽幌線がない現在、宗谷本線が内陸に向かっていくことぐらいはわかる。
本線とは言うが、小さな駅は多い。
貨車を駅舎代りにしているのならまだいいが、
糠南駅のように板張りで1両のドア1つ分しかない駅もある。
長さにして10mほど。
それだけ沿線人口も輸送量も少ないのだろう。
放牧されている牛の数のほうが多そうだ。

 右手から天塩川が寄り添ってくる。
湖沼が多い道北においては、珍しく大きな川で、天塩山地から北上して日本海に注ぐ。
天塩川の蛇行に付き合うわけではないが、
線路は川の作り出した谷に添って敷かれている。
途中には、宗谷本線で唯一のトンネルもある。
アルプスのような険しさはない道北だが、冬の厳しさゆえに峠越えが難しい土地だ。
谷が開けて国道と交差すると8時58分、音威子府に着く。

 “森と匠の村・おといねっぷ”とある。
この駅名を時刻表ではじめて見たときのことはよく覚えている。
最北の宗谷本線の時刻は最後に載っていて、どんな駅があるのかと
読み方を見ていたときに、はっ!としたのである。
“おといねっぷ”とあった。
何という名の駅だろうか。どんな駅なんだろうか。
小学生の自分はそう思っていた。

 音威子府は国鉄天北線の南側の分岐駅。
宗谷本線は“本線”と呼べるほどに、かつては支線が分岐していたのである。
天北線があったなら必ず乗っていただろう。
名寄行きの普通列車を途中下車する。
理由は3つ。
この駅の途中下車印が欲しかったこと。
夏の音威子府の空気に触れたかったこと。
音威子府そばを食べたかったこと。

 ここのそばはうまいと思う。
旅をしている実感が持てて、温もりを感じるそばだからである。
店が開くのは9時15分。
札幌行の特急スーパー宗谷2号に合わせているのだ。
15時くらいまで営業しているらしい。
そばだけなら駅を出て右側の店でも売っている。

 天ぷらそばを注文する。
黒い麺はそばの殻ごと挽くのでこんな色になるんだとか。
暖簾の向こうから、自分の代でこの店は終わりというご主人。
音威子府は人口1200人。
北海道で最も人口の少ない村である。
その小さな村の静かな駅で、そばをすする。
それがこの宗谷本線の旅情でもある。



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乗り継ぎ乗り換え最北の道へ

2.北見峠と常紋峠

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最長片道切符の旅・1日目

1.音威子府

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