駅弁を買おうかどうしようか迷う。
昼は食べたばかりだし、今夜の宿には夕食が付く。
しかし駅弁がこちらを見ている。
“日本海さけかに合戦”のパッケージのカニが・・・。
雪国マイタケ使用のマイタケ弁当、イカ味付けめし。
どうする。。。
悩んだ末にやめる。そろそろ金銭面を気にしなくてはだめだ。
交通事情が原因で旅を続けられないのならともかく、
金銭事情が原因で続けられないのは絶対にだめである。
納得がいかないからだ。

 越後中里行普通列車に乗って、
宮内から31番目の路線・上越線に入る。
右側に信越本線を分けてから、正面に上越国境を構える。
今朝不通となった区間である。
10分ほどで小千谷に停まる。
昨年は地震に被災して、最も被害の大きかった場所。
ぼく自身も家が今年3月に被災したので他人事ではない。
お互い1日も早い復興を願う。

 勾配を上って15時52分、越後川口駅に着く。
工事中のホームに降りる。狭くて歩きにくいが仕方ない。
はじめて来る駅だが、思ったよりも小ぢんまりとしている。
古い駅のようで、ホームの高さも低い。
地下通路を渡って、1番線に向かった。

 越後川口から乗るのは32番目の路線・飯山線である。
1番線に上がると、1両のワンマンカーが停まっていた。
15時58分発の十日町行普通列車である。
ホームが低いため、乗降用ステップまでけっこうな高低差がある。
不便ではないのだろうか。
山間の小さな分岐駅・越後川口をあとにする。

 上越国境を越える上越線と違って、飯山線は
信濃川の谷に沿って集落を結び、長野に至る路線である。
したがって大きな峠越えはないのだが、
日本屈指の豪雪地帯・十日町を通るため雪と闘う路線である。
冬は積雪、夏は川沿いゆえの土砂災害に悩まされてきた。
前にも書いたが8月15〜22日(昨日)までは不通だった
線路なので、過ぎ行くレールもどこか輝きを失って見える。
心なしか、歪んでいるようにも見える。
こんなか細いレールで自然と闘っているのかと思うと、
目頭が熱くなる思いがする。

 内ヶ巻、越後岩沢と停まる。
災害復旧を迅速に行なうためだろうか、陸上トンネル内に
蛍光灯が連続するのは珍しい。青函トンネルや
関門トンネルなどの海底トンネル内ではよく見かけるのだが。

 車内は閑散としているので、またまた洗濯物を干す。
冷房完備の車両では乾きにくい。
旅人には不便な世の中になったものだ。
いや、車内で乾かすほうがおかしいのか・・・。

 魚沼中条を出ると、立派な高架橋が現れた。
犀潟(直江津)と六日町(越後湯沢)を結ぶ北越急行である。
こちらはゆっくりとスピードを落として16時24分、十日町着。
ここで代行輸送バスに乗り換えなくてはならない。

 改札へ行って途中下車印をもらう。
「自分で押してみませんか?」とおっしゃる。
ありがたいご好意なのでお言葉に甘える。
趣味でこんな切符を持って旅しているのをご承知の様子だった。
経由地は本人が一番よく知っている。
“この切符にしたがって旅をするのが目的なんだから、
切符と最も向き合わなくてはならないのは、
駅員でも車掌でもなくて、旅をする本人なのだ”
と言われた気がした。

 代行輸送バスはどこから出るのかを尋ねると、
「もう出ませんよ。」との言葉が返ってきた。
え?もう終りなの?と思った。
それでは戸狩野沢温泉まで行けないではないか。
と思ったら、次の17時39分発から全面復旧するらしい。
つまりぼくの乗る列車からということになる。
「今朝の一番列車から運転再開のはずが、雨のせいで
路盤が流れてしまって次の列車からということにこぎつけました。
申し訳なかったですなぁ〜。」
いやいやとんでもない。
むしろ感謝したいぐらいである。。
自分の悪運の強さにも驚くが、JRに対しては大いに感謝だ!
元々この計画を立てる段階で覚悟を決めていた。
北海道の自然災害ももちろんだが、最もスケジュールに
遅れが出やすい場所と言ったらこの飯山線だった。
うれしくなって十日町の街中を歩いてみる。

 駅前に出てみると、雲の多い町という感じはしない。
しかし、夏だというのに長靴を履いている人がけっこういる。
大雨のせいかもしれないが・・・。
それに織物屋も多い。水がきれいな町なのだろうと思う。
道の駅の物産展に行くと、蚕の繭が山積みしてあった。
絹織物が盛んらしい。織物屋の数といい、繭といい、
南国ではありえない。九州で織物の町があっただろうか。

 1時間ほど街を歩いてから駅に戻り、改札をくぐる。
部活動の試合帰りと思しき高校生でいっぱいだった。
騒がしい。大声で騒ぐだけではなくて、階段を降りる人の
邪魔にもなっている。引率の先生は何をしているのやら・・・。
乗車位置に列をつくろうとはしない。
都会で通じるものが田舎にはないのである。
それがいいところでもあるのだが、公共交通機関は別。
よそから来る人も使うのだ。
体育会系は上下関係には厳しいというが、
昨今は公共のマナーには甘い気がする。

 2番線にやってきたのは1両のワンマンカー。
先ほど十日町まで乗ってきた車両が、越後川口まで往復して
戻ってきたのだ。17時39分発の長野行となる。
対向列車が8分遅れて到着したので、5分延発する。

 “ドカ雪”という言葉が用いられるほどの雪を見てみたいと思う。
この地方に住む人にとっては至極迷惑な話であろうが、
今度は冬に来たいと思う。

 16時に全面復旧した線路を走る。
こうして列車に揺れていられるのもすべてこの路線を守る
鉄道マンたちのおかげである。北越急行ほくほく線が
地下に潜ると、こちらは民家を抜け、水田地帯を走る。
左手は魚沼丘陵である。ということは、魚沼産コシヒカリと
銘打ってありがたがられているあの米なのだろうか?

 越後水沢、越後田沢、越後鹿渡と停まるうちに
水田は棚田へと変化する。路は険しく、そして細い。
この列車が1週間ぶりの列車だからレールは錆ついて
輝きを失ったままである。草がかなり生えているところもある。
ツルや木々が覆いかぶさってきているところには
格子状のシェルターがある。
葉や枝に積もった雪が線路に落ちてこないようにしているのだ。
岩除けではない。雪避けである。

 津南で高校生がすべて降りていった。
列車は急勾配を登る様子もない。
信濃川の造りだした谷はけっこう広いのである。
その谷の中腹辺りを坦々と進む。
大雨の影響で濁流と化していても、信濃川と離れる様子はない。

 “川は交通路の母”という言葉がある。
鉄道も道路も川の形成する谷に敷設され、母に手を引かれる
子供のように山を登ってサミットを目指す。
この信濃川は長野県に入ると、千曲川と名を変えて、
飯山線を長野盆地まで導く。

 しかしとんでもないところに線路が敷かれているものだと思う。
川辺に下りていく様子など微塵もない。
信濃川に恐れおののいているようにも見える。
川岸になど怖くて下りられない、そう線路は
訴えているかのようだ。後ろに流れていく線路を見ていると、
肩身が狭そうに路を確保している。



24.柏崎駅

26.森宮野原駅

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最長片道切符の旅・10日目
25.母なる千曲川
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