9月13日(火)

 今日は21日目になる。
もう3週間以上旅をしていることになるのかと思うと、日本はまだまだ広い。
これでまだいってない場所もあるのだし。

 名古屋駅12番線に上がり、快速<みえ1号>鳥羽行に乗る。
2日前に途中下車した関西本線の柘植駅を目指すためである。
この旅で、同じ名古屋駅の12番ホームから旅立つのは
1度目が普通列車、2度目が特急<南紀>、そして3度目になる。
こうやって見ると関西本線は幹線なのである。

 9時30分に発車して、30分で桑名。さらに18分で四日市に着く。
桑名で追い抜いた亀山行の普通列車に、四日市で乗り換える。
そして10時33分に亀山着。ここは4度目になる。

 やはりジャンクションなのだと思う。
そういった機能を持つ駅ほど、通る回数は多い。運輸区のあるほうを見ると
ディーゼルカーが休む中に蒸気機関車時代のターンテーブルが残っていた。
3番線に入ってきたワンマン運転のディーゼルカーに乗り込む。

 10時48分に亀山駅をあとにする。
この辺りは東海道の宿として有名な関宿がある。その関駅を出ると、
東海道は鈴鹿峠、関西本線は加太峠へ。関ヶ原よりも路は険しい。
エンジンを唸らせながらぐんぐん急勾配を上り、7分で加太に着く。
山奥にも里はあるらしい。月ヶ瀬口などと同じく長いホームを持つ。

 加太を発車すると左下にトラックが頻繁に走る名阪国道が見えてくる。
かなり高いところを走っているらしい。まもなく右手に線路が現れて、
スイッチバック式の中在家信号場を通過する。SL時代にあえぎあえぎ上り、
一時の休憩を得られた場所である。ここのスイッチバックは今でも生きている。

 峠の信号場を過ぎるとまもなくサミットで、下り勾配に入る。
山が少しだけ開けてくると柘植駅に到着する。ワンマンカーに別れを告げて
3番線に向かう。11時26分発の草津行普通電車はすでに停車中だった。
先頭車両だけカボチャ色の湘南色。車内では乗客がこぼしたものと思われる
コーヒーを車掌がせっせと拭いていた。

 4両編成の電車は定刻に柘植駅をあとにすると、先ほどの車掌が
「車内で出ました空缶、ごみ等は駅の屑物入れに入れてくださいますよう
お願いいたします。車内美化にご協力ください。」
と放送していた。自分が出したごみを誰が片付けるのかもわからぬ人間、
それを考えもしない人間には滅入ってしまう。

 左手に関西本線が分かれていって、油日、甲賀と停まる。
山を隔てて伊賀忍者の里と甲賀忍者の里があるわけだが、鉄道の様子を
見る限りでは伊賀は単行ディーゼルカー、甲賀は4両編成の電車と対照的。
伊賀と甲賀は敵対関係にあったというわけでもなさそうだが・・・。

 一度東海道とは分かれたが、もう一度東海道に沿って走るようになる。
寺庄、甲南と停まり、琵琶湖を目指す。近江路らしく、沿線風景は水田ばかり。
収穫を終えた水田もあれば、まだまだ稲穂を垂れている水田もある。

 11時44分、草津線の中核駅・貴生川に着く。
国鉄信楽線の分岐駅で、向かいのホームにはそのあとを受け継いだ
第3セクター・信楽高原鉄道のディーゼルカーが停まっていた。
信楽焼で有名な信楽への路線である。信楽焼というとタヌキが思い浮かぶ。
そのタヌキを車両に描いていて、なんとも中途半端な奇抜さがあった。
それにしてもなぜ信楽焼はタヌキなのだろうか?

 貴生川を出ると山は開けてしまい、平坦な路となる。
琵琶湖までは30km。住みやすなところである。この先の守山市や
近江八幡市は全国でも屈指の居住環境のよさを誇る土地だと新聞で読んだ
ことがある。ぼくは海が近いほうが好きなのだが。

 右手に近江富士が見えてきた。
たしかに富士山に形は似ているが、標高300m余りと低い山である。
威容と呼べるような姿でもない。秀峰と呼ぶにも程遠い。
のどかな近江路を象徴するかのような山である。自然災害が少ないから
この地方は住みやすいのかもしれない。この山の頂上は琵琶湖を一望できる
ことだろうと思う。

 三雲、甲西、石部の順に停まり、近江富士が後ろに去っていく。
複線となって高架橋で東海道本線を挟み込むと12時11分、終点・草津着。
65番目の路線・草津線は終わりである。

 ここから東海道本線に入るのだが、関ヶ原からこの草津まで
東海道本線は中山道に沿っている。東海道に沿っては、いま通ってきたように
関西本線と草津線がある。本来ならこちらを東海道本線とでもするべきと
言いたい。その2つの街道の合流点に草津はあった。



61.望郷の停車場

63.琵琶湖のほとり

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62.近江富士
最長片道切符の旅・21日目
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