特急<北近畿3号>は、定刻の11時48分に城崎温泉駅に到着した。

 乗客全員が降りるのだが、そのほとんどが改札口へと消えていく。
浜坂方面の普通列車に乗り継ぐ人が多いと思っていただけに意外である。
向かい側の3番線に停車中の浜坂行普通列車に乗り換える。

 “大空へはばたけコウノトリ”と書いたヘッドマークが掲げられている。
そういえば、豊岡はコウノトリの町でもある。かつては全国各地で見られ、
環境の変化によって日本から消えたはずの野生のコウノトリが豊岡には
帰ってきた。観光アピールとして使うのはどうかとも思うが。

 11時50分にドアが閉まって動き出す。
昨日はディーゼルカーに乗っていないから久しぶりに感じてしまう。
ブルンブルンという音が非力に聞こえる。発車するとまもなく小さな川に沿って
柳の木が並び、城崎の温泉街を横切る。さらに旅館や民宿の軒先をかすめた
列車はトンネルへと入っていった。

 古いレンガ造りのトンネルを抜けると山道をくねくねと走る。
もうススキの穂が白くなる季節なのかと思う。何日旅をしているのか。
あんなに青々とした北海道の緑から、西日本でも季節はすっかり秋になって
いるのである。

 谷が開けると海に向かって走り、竹野に停まる。
そしてさらに10分ほど走ると佐津に着く。この辺りは景勝地と呼ぶほどでは
ないが、美しい海岸線が続く。磯と磯の間には穏やかな入江と砂浜が広がり、
海の色はコバルトブルーである。海そのものが異なるので、三陸海岸とは
まったく異なる風景だ。夏は海水浴でにぎわう浜辺だが、秋も近くて
小島の上に立つ松ノ木は寂しげだ。

 磯の海岸なので険しい地形には違いないのだが、
山陰本線の歴史の古さから真新しいコンクリートのトンネルや橋などはない。
崖の上を走ったり、山の陰に隠れたりである。柴山駅は交換設備が廃止
されていて、ホームと線路が朽ちてゆく様子が見てとれる。

 民家が建ち並ぶようになれば香住に着く。
いまは冬の味覚・松葉ガニでにぎわう漁港の町だが、かつては北前舟で
にぎわった土地でもある。古くから交通路として栄えた土地は、
新しい交通手段としての鉄道の開通も早かったということであろう。

 香住を発車するとトンネルを抜けて入江の集落の上にある鎧駅に停まる。
この鎧という地名は海岸にある岩が鎧に似ており、“鎧岩”と名付けられたこと
に由来する。入江の集落とは三陸海岸や紀伊半島を思い浮かべてしまうが、
日本海側は特にひなびている。これが山陰の本当の顔だと思う。
鎧地区は国道からも離れていて、交通手段として鉄道が不可欠なのである。

 この駅が好きだ。
降りてしまおうか迷う。しかし、静寂の中にあるのならともかく、
どうみても地元の人ではない集団がいて、降りるのをためらってしまう。

 鎧を発車するとトンネルに入り、2つめのトンネルから海が見えると
まもなく集落を一跨ぎする鉄橋に出る。餘部鉄橋である。不思議なもので、
突然空中に放り出されたような感覚に陥る。鎧駅の高さそのままに、
谷を一気に鉄橋で渡っているのである。下に見える国道も民家もまるで
模型のような小ささである。

 鉄橋を渡り終えたところに餘部駅があるので下車する。
鎧駅にしようか迷ったのだが、やはりこの駅のたたずまいが好きだ。
しかしである。車内にいたほとんどの人が立ち上がり、下車してしまった。
地元の人と思っていたら、みな観光客だったのである。
しまった!と思った。今日が連休の最初の日ということをいま思い出した。

 観光客が自分の後について降りてくる。
しかもホームの端には鉄道マニアがたくさんいる。
鎧駅同様、静かな駅の雰囲気が台無しだ。むしろこちらのほうが多い。
自分の旅気分まで壊されてはかなわないので、早々に餘部の集落に下りる。

 餘部は鉄橋の町である。
国道沿いの小さな集落で、ガソリンスタンドと生協の店が1軒ずつ。
あとは軽食屋と民宿である。ひなびた山陰の原日本的風景がここには
まだ残っている。

 鉄橋には2種類ある。
渡る橋と見る橋である。この鉄橋はどちらも楽しめるが、渡るよりも
見ているほうが美しい。こんなに風景として描かれる人工の建造物は
なかなかない。高層ビルなどどんな有名な建築家が設計したものでも
美しいとは思いがたいのがあるけど、橋は無雑作で無骨なものほど美しい。
山陰本線の象徴である。

 日本海に面しているから当然のごとく風も強い。
列車に遅れが出るかどうかは餘部次第とも聞く。ここは関所でもある。
鉄骨の橋脚はコンクリート技術の発達していなかった当時の技術力、
そして山陰本線の歴史を物語るものである。

 今日は橋脚の横に作業用梯子を取り付ける工事をしていて、
やぐらが組まれている。普段の美しさが少々消えてしまっていて残念だが、
元より観光客という風情を台無しにする輩がいる。どうも観光客というのは
風景に融け込まない人たちが多いから好きではない。あくまで彼らは
鉄橋が目当てであって、駅やその土地が目当てではないのである。

 鉄橋の完成は明治45年というから90年前のことである。
その90年間、錆などはペンキを塗り直すことで何とか保ってきたが、
いよいよ老朽化が進んでいて、2010年を目標に架け替え工事をスタート
するらしい。保守・メンテナンスの簡略化を目的に味気ないコンクリート橋に
変わってしまう。しかも新しい鉄橋の完成後は、現在の鉄骨の橋梁を
撤去する方針だという。なんとつまらないことをするかと思う。
せめて産業遺構としても残すべきである。未来に受け継がれていくものは
負の遺産ばかりではだめである。美しい風景としての鉄橋を残して欲しい。

 そう思う。



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