キヨスクで売っていた因島はっさくゼリーが気になりながら
福山駅8番線に上がる。15時31分発の府中行普通電車は
停車中だった。

 福山城が間近に見えている。
真上は新幹線の高架橋で、<のぞみ>が轟!
っと通過していく音がした。福山駅は何度も通ったとがあるが、
実はどのように福塩線が分岐しているのか知らない。
福山を発車すると、山陽本線と分かれるが、新幹線の高架橋に
覆われているために線路が見えない。なるほどと思う。
線路が寄り添ってくる趣を邪魔されるのは興ざめである。

 備後本庄、横尾と停まり、
第3セクター井原鉄道が分岐する神辺に着く。
そこから川沿いを走る。どこかで見たことがあると思ったら、
富士川の流れに沿う身延線にそっくりである。
細い線路でくねくねと曲がっている。
福塩線の福山〜府中間は旧私鉄の両備鉄道を買収した
区間なので身延線と生い立ちは同じなのである。

 黄金色の水田が広がった。
この季節ならどの地域でも見られそうな光景である。
もちろん北海道から稲穂が実っていくのを眺めてきた。
名古屋を過ぎてからは稲刈り後の水田、刈り取る真っ最中の
ところも多かった。車窓を彩る風景もさることながら、
その風景に溶け込む車両も移り変わってきた。
それぞれの土地に根付いた車両たちとの出会いも、
それぞれの列車に乗務する人たちとの出会いも
一期一会ではないだろうか。
1つの列車に1人の運転士、1人の車掌。
伯備線の車掌さんたちに囲まれて得られたものがあってよかった。
有頂天にならなくてよかったと思う

 湯田村駅に停まったあとは、道上、万能倉、駅家と停まって
16時16分、終点の府中に着く。駅間距離はほとんど2km前後。
市街地が尽きることはなく沿線は活気に満ちていた。
福山市が広島〜岡山では最も大きな都市だからだろう。

 同じホームの反対側に1両のディーゼルカーが
ぽつんと停まっていた。16時28分発の三次行ワンマンカーである。
このキハ120形は何度目だろうか。
関西本線(加茂〜柘植)、高山本線(猪谷〜富山)、因美線、
さらに姫新線は東側と西側があったので6度目である。
色違いではあるが4つめの色になる。
合理化によって車両の楽しみが失われたのだろうか。
しかし国鉄なら全国標準の車両を設計するから
本当にどこに行っても同じ車両なのか。
いずれにしても乗り心地はすべて一緒である。

 途中下車印をもらって乗り込む。
座席をすべて埋めた状態で発車した。市街地からすぐに離れ、
川に沿う。先ほどは名前がわからなかったが、上下川というらしい。
上下川の谷はすぐに狭くなり、下川辺で5人、中畑で2人が降りていく。
中畑駅は周りに畑などなく、秋本番迎えようとする木々と、
川・山に挟まれた小さな駅だった。

 スピードメーターは最高で80km前後。
所々乗降運転並みにスピードを下げる。列車は最高にのろい。
時速20km制限や15km制限が連続している。
まるで軽便鉄道のような細い線路に草がたくさん生えている。
軽快ディーゼルカーだから細くても問題はないのだろうが、
こうもゆっくり走るのはなぜかと思う。

 福塩線は三次盆地の東南端にある塩町まで至るローカル線だが、
列車はすべて三次発着となっている。沿線はだいたい吉備高原の
西部という極めて地味な丘陵地帯である。小さな松の茂る平凡な
丘陵の間を曲折しながらゆっくりと列車は走る。人家も少ない。
全国的に知られた観光地もない。
“福塩線”と聞いてどの辺りか見当のつく人も少ないだろう。

 地元の人と思しき人が話しかけてきた。
「カメラで全国を撮って回ってるんですか?」
という。ついでに徐行運転の正体は何かと訊いてみると、
落石が多いところなのだという。たしかにカーブも急で見通しが悪い。
遅れることもしばしばらしい。昨日の因美線もそうであったかと思う。
中国山地そのものはなだらかなわりに、交通路の母となる川の
形成する谷は急峻で、路を作るのは大変なようだ。

 河佐で20人くらいが下車し、線路は太く新しくなって
スピードを上げ、長いトンネルに入る。聞けばダムの完成によって
旧線は水没し、トンネルを掘って新線を開通させたのだという。
トンネルを抜けると備後三川着。

 雨が降っていた。
夕立のようだ。5人が降りて備後矢野を過ぎ、上下に停車。
8分停車して対向の府中行普通列車を待つ間に、雨が上がった。
しっとりとした夕暮れの時間の到来である。

 車内は対に先ほど話しかけてきた地元の人と2人きりになった。
2人だけの会話が続く。訊いてもいないのにわざわざ教えてくれる。
というか、ぼく自身の身の上や旅については何の興味もないらしく、
一方的に話をされてしまう。こちらの話をしようかどうしようか迷うが、
貴重な地元の話も混じっているので遮るわけにもいかない。

 次の甲奴という駅は、戦時中の資材供出のために
寺の鐘が持っていかれたが、それがアメリカで発見されて
当時のカーター大統領が返却してくれたのだという。
それが縁で落花生を栽培し名産品として“カーターピーナッツ”を
販売しているらしい。他にも木次線や三江線の話を聞いた。
今日は四国・高松からの帰りという。
格好の話し相手に選ばれたらしい。
相手といっても一人だから選びようがなかったのだが、
三脚とカメラを持っていればそれは話しかけやすいことだろう。

 吉舎で高校生が大勢乗ってくると、その人は隣のボックスから
向かいの席に移ってきた。高校生が騒がしいのに話は止まらない。
そのまま終点の三次まで続いた。

 梶田ではホーム上を小学生が2人、
手を振りながら追いかけてきたりして運転士が警笛で挨拶をしていた。
のどかである。備後安田、吉舎、三良坂と停まるうちに先ほどの雨が
うっすらと霧模様になっていた。そこに太陽光が降り注いで
美しい光景を作り出している。来てよかったなと思う。
話し相手がいるのはいいが、風景に見入りたいときは遮る必要がある。
いっしょに見入ってくれればよいが、この人は話をするばかりである。
気を遣ってしまうではないか。

 右から芸備線の線路が近づいてきて
18時08分、塩町駅着。福塩線の旅はここで終わり、
このまま今日の宿泊地である三次まで行く。
話をされたおかげで眠くはならなかったが、
ビジネスホテルに入ってからひどく眠くなり、ぐっすり寝てしまった。



83.備中高梁

85.ひとりぼっちの芸備線

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最長片道切符の旅・25日目
84.一期一会の旅
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