夕方5時という時刻は旅を終わらせる時間にしては早い。

 最長片道切符の旅は夜7時前後を1日の終わりにしてきたので、
米子駅から未乗路線である境線17.9kmに乗ろうと思う。

 米子駅0番線に向かう。
が、満員で座れない。私服の中学生と思しき若い子らでいっぱいだった。
外の景色を見ている余裕はなかったので、今回は境港まで行くのではなく
境港からはじめることにしよう。

 とりあえず、境港まで行く。

 境港駅はアメニティホールのようなものが隣接している駅。
一見大きく見えるが、駅舎自体はそれにくっつくように小ぢんまりとしていて
心細さが漂う。17時43分発の米子行普通列車に乗る。
1両のワンマンカーは境線用の鬼太郎列車であった。
境港は“ゲゲゲの鬼太郎”の作家・水木しげるの出身地だからである。
同じように氷見線には“忍者ハットリくん”列車もある。

 沿線のアピールになるのかは知らないが、
この土地だけの列車には違いない。テールライトの赤が“目玉のおやじ”に
なっている。側面には妖怪がたくさん描かれている。描けばいいというもの
でもないが、車内も妖怪だらけだったので反論する気にもならず。

 境港駅をあとにすると、馬場崎町、上道、余子、高松町、中浜と停まる。
それぞれの駅で3人ずつぐらい乗ってくる。民家が尽きることはないが
お互いに離れており、畑の面積の方が大きいくらいである。

 右側に米子空港のあるだだっ広い大篠津駅を出ると
御崎口、和田浜、弓ヶ浜に停車する。沿線風景も駅の雰囲気も秋田県の
男鹿線によく似ている。潮の流れによって寒風山に向けて砂嘴が伸びたの
と同じく、地蔵崎・美保関に向かって砂嘴が伸び、中海と弓ヶ浜ができた。
成因は同じである。

島根半島へ向かって弧を描きながら突き出た弓ヶ浜は
天橋立を大きくしたような形である。川が運び出した土砂が堆積したらしい。
弓ヶ浜の生みの親は伯備線の走る谷を形成する日野川である。
砂鉄採取によって生じた大量の土砂が、幅の広い砂州を形成した
のだという。地形の形成に人間が関わっているとは思えないスケールだ。

 地図を見るとわかるが、中海を囲んで半月状になっており
弦の部分が弓ヶ浜にあたる。名前の由来もそうである。晴れていれば
大山が見えるはずであるが、曇っていてわずかに裾野が見えるだけ。
海沿いに出れば砂丘と松林があるのだろうが、車窓は地味なままである。
こんな空では海は砂を含んで茶色く、白波が立っているだろう。

 途中の畑も少し砂地になっている場所がある。
その砂地も黒い。大山の火山灰を含んでいるせいである。
桜島の火山灰を大量に含む鹿児島の黒い砂には到底及ばないが、
それとなく火山灰を含んでいるとわかる。

 河崎口、三本松を過ぎ、JRの工場がある後藤からは電化されていて
富士見町、博労町に停まっていく。この区間もどこかに似ているといえば
似ている。富山県の富山港線にそっくりである。
下町の風景のなかを走って民家の軒先にほど近いところを走る。
小さな踏切で待っているのは自転車に乗っている下着姿の中年オヤジ、
犬の散歩をしている人たちで、普段着よりも実生活の姿である。

 やがて左から山陰本線が近づいて米子駅0番線に到着した。



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