山間の備中神代駅に着いた。
この駅はたまたま地形の関係で2つの線路が合流しているにすぎず、
交通の合流点となるような町があるわけではない。

 一旦ここで最長片道切符のルートを外れて新見まで行く。
そこから特急<やくも>に乗ろうと思う。<やくも>は備中神代には
停まらないから、備中神代から特急に乗り継ぎたい場合は
備中神代〜新見間の重複運賃は要らないという特例がある。
したがって最長片道切符のルートを外れることにはならない。
安心して新見まで行こう。

 伯備線に入ると、急カーブが連続する。
中国山地は東西になだらかで芸備線はそれをよく示していたが、
南北には険しいようだ。国境・分水嶺を越えるからである。
伯備線の線形はそれをよく表している。“陰”と“陽”に分かれるほどに
天気も違うから、地形の制約も大きいわけである。
トンネルで貫く新幹線では味わうことのできない趣がある。

 布原駅に着く。
伯備線の駅でありながら、1両分しかない短いホームは
芸備線の列車しか停車しない。すなわち布原駅は芸備線の駅なのである。
伯備線の列車にとっては信号場にすぎない。3人の乗客を迎え入れて
発車する。

 15時21分、終点の新見駅1番線に着く。
15時28分発の特急<やくも15号>出雲市行に乗るために4番線へ
行くと、30mぐらい離れたところからこちらに敬礼をする車掌さんがいた。
なんと昨日の車掌さんだった。
「ぐるっと一周してきた?ご苦労様です。」
とねぎらってくれる。まさか会えるとは思わなかった。

 どんな相手ともいつかは別れる瞬間がくるのだろうなと
福塩線の車中で考えていただけに、驚きの度合いも半端ではなかった。
一期一会とは本当は何なのかを木次線で考えた。でもわからぬまま
備後落合駅についてしまった。いつもいつもそうである。
考えているうちに時間が過ぎてしまう。

 考えても結論が出ないまま次に移り、
何のために旅をしているかなんてわからぬままであるが、この車掌どのに
もう一度めぐりあうことでわかったことが1つある。長い旅の中で、
列車というものは時間を目に見える形にしたものではないか?ということ。
1つの路線・1つの列車の中で1つの出会い。それが一期一会である。
そんな考えを<やくも15号>の中でめぐらせる。

 車掌どのは「何かの縁だから。」
と、名刺をくれた。手に持っていた缶コーヒーもくれた。
そして、「よい旅を!」という言葉もくれた。
ぼくは何も返すことができないまま、<やくも15号>がきてしまった。
新見駅。
南北に伯備線、東から姫新線、西から芸備線がやってくる
このジャンクションは、忘れられない駅になった。
ぼく自身はまだ、「旅が終わったら必ず連絡します」としか言えなかった。
<やくも15号>は北へ。車掌どのを乗せた普通列車は南へ。

 新見をあとにした特急<やくも15号>は伯備線を北上する。
先ほどの布原駅を通過した。ここは蒸気機関車の撮影地として名高かった
ところである。布原駅の先にある鉄橋からトンネルへ入るところがそれだ。
トンネル入口の斜面は雪崩の跡のように踏み荒らされて地肌が露出して
いたというが、わからなかった。

 蒸気機関車の写真などどこで撮っても同じだという人が多いが、
そうではない。まず上り勾配であることが絶対の条件である。平坦区間や
下り坂では、あのもくもくと吐く煙がなく、生き物のような蒸気機関車の
鼓動が伝わってこないのである。それに上り坂なら機関車が1両ではなく
2両の重連、あるいは3両の三重連になるケースもある。
そして重連を撮影する場合、横からよりは前方のやや高い位置に陣取って
こちらへ近づいてくるところを望遠レンズで引っ張って寸詰まりにするのが
よい。運転時刻と太陽の向きを考慮すると撮影地はひどく限定される。

 この布原の場合は信号場を出た列車がカーブしながら鉄橋を渡り、
トンネルに入る直前が好位置となっていたのである。トンネルの東側の
急斜面にカメラをのせた三脚が林立した。ターゲットとなった列車は
D51の三重連で、備中神代の先の足立駅に隣接する石灰工場への
貨物列車であった。通過時刻は朝9時過ぎくらいで、光線の強さも向きも
いいらしい。しかもSL末期には三重連が見られたのはここだけとなり、
毎朝数百人のファンが三脚を担いで現れたという。その頃の新見の旅館は
大いにはやったらしい。

 備中神代で貨物列車と、足立では岡山行の特急<やくも20号>と
すれ違う。あたりが白っぽくまぶしい。石灰岩の粉が線路際や並行して
走る道路の脇に撒き散らされているからであろう。トラックからこぼれた
のだろうか。このあたりは石灰岩の山が多く、採掘場と石灰工場が
車窓からも見える。

 岡山と鳥取の県境になる谷田峠(たんだだわ)に差し掛かる。
トンネルを出ると鳥取県に入り、空は雲に覆われていた。山陽から山陰に
変わったのであるが、陰陽の境が実にはっきりしているなと思う。
雨が降り始めた。中国山地の南側を走っていた芸備線の車中からは
想像すらできない雨である。これが山陰だなと改めて実感する。

 分水嶺を越えたので高梁川の水系から
日本海に注ぐ日野川水系に変わる。車窓に現れるのは日野川の谷底で、
<やくも15号>は段々畑を踏みしめるように下っていく。石灰岩の山が
あるからかわからないか、白い露岩の切り立った「石霞渓」という渓谷が
ある。窓を突く雨滴がそのまま後ろに流れていく。特急列車は窓が
開かないから、風景はあくまで窓の外のものである。
自分では視覚に訴えるしかない。それは特急の性である。

 伯備線は山陽と山陰を結ぶ路線であるが、
新幹線が岡山まで開通してからは陰陽連絡の主要ルートとなり、
特急列車が頻繁に走るようになった。大阪から松江に行くには
山陰本線経由よりも伯備線経由の特急に乗り継ぐのが断然速い。

 うとうとしはじめる。
生山までは覚えている。特急<やくも>に使われている381系電車には
はじめて乗った。いや、正確には物心つく前に乗ったことがあるはずである。
しかし覚えていないので実質はじめてである。カーブに入ってから車体を
傾斜させる自然振子という方式でカーブをぬって走る。冷暖房などの
装置は重心を下げるためにすべて床下に搭載されている。通風管か
何かがサッシの間を抜けているのも興味深い。

 米子到着を告げる鉄道唱歌のオルゴールで目が覚める。
根雨駅到着は覚えていない。いつのまにか山陰本線との
合流点である伯耆大山を過ぎて日野川を渡るところだった。
16時41分、米子駅2番線に到着。
今日の最長片道切符の旅はここで終わりである。
途中下車印をもらい、外に出た。

 今夜は寝台特急でも見てみようと思う。



  弓ヶ浜のローカル線

85.備後落合駅

87.たたら跡

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最長片道切符の旅・26日目
87.布原信号場
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