浜原から先は最後に開通した区間である。

 ディーゼルカーの走り方が単調になってしまって、うとうとする。
気付いたら沢谷を過ぎて潮駅だった。これまた水を連想させる地名だなと
思っていると、列車のスピードがこれまでよりずっと速くなった。
石見松原から先、高台に上ってまっすぐコンクリート橋で貫いている。
江の川の谷は深さを増しているが、どこ吹く風といった走り方である。
これまで時速30〜40kmで走ってきたから、最高時速60kmといっても
たかが知れているのだが、テンポよく走っている。

 川の右岸の高いところに線路が敷かれているから
水量豊かな流れを見下ろせて気持ちがいい。しかし、駅も高いところに
あるから乗客は長い階段を上り下りしなければならない。
人家が少ない上に階段がきついからなのか、各駅とも乗降はほとんどない。
これもマイカー社会への流れを加速させてはいまいかと危惧する。

 粕淵で乗った高校生の半分が石見都賀で降りる。
さらに高架線とトンネルが続く。浜原ダムにより、線路変更を余儀なくされた
区間である。対岸の集落に向かって吊橋が架かっている。

 山間の宇都井という駅に着く。
江の川に流れ込む細い支流の谷に作られた駅で、高さ20m。
116段の螺旋階段が地上とホームとをつないでいる。
その高い吹きさらしのホームに、3人の高齢者が降りた。
てくてくと降りる様子は元気そのものだと思う。
しかし、どう見ても不便だとは思う。

 宇都井を発車してトンネルを抜け、伊賀和志、
そして三江南線の終点だった口羽に停まる。すれ違いの設備を持つ
数少ない駅である。江津を出てから石見川本と浜原、そしてこの口羽で
3つめである。この先は式敷しか交換設備はない。
結局のところ、増発などできるはずもないのである。

 江平、作木口、香淀、式敷と停まるうちに
岩がごろごろしてくる。上流に来たのだろうかと思う。広島県に入って
江の川は河愛川と名前を変え、屋根も石州瓦から黒いものに変わる。
信木、所木、船佐と停まればダムが現れた。ダムのせいで水量が
減ったように見えたらしい。こうやってダムを建設して河川を支配することで
水位が下がってしまったという。

 その堤防を過ぎると再び満々と水をたたえる様子が伺える。
水量は相変わらずの豊かな様子に戻って、川幅も狭くならない。
この先は三次盆地だから、まだまだ中流だろうか。
中国山地を普通に横断する場合なら、もうとっくに分水嶺を越えているのだが
さすがに中国地方随一の大河である。

 人気のない風景が続き、長谷駅を通過。
日没間近であるが、雨は降ったり止んだりの状態が続いている。
いいときに来たなと思う。晴れなら確かに気持ちよかったかもしれないが、
あの靄のかかった山々の荘厳な様子は雨上がりにしか見ることはできない。
なんとタイミングのよいことか。

 粟屋、尾関山に停車すると市街地が見えてくる。
右から芸備線が寄り添ってきて、徐行運転のようにノロノロと走る。
18時07分、三次駅0番線に到着。

 静かだ。
ディーゼルカーが停まっていても、なんだか静寂の中にある。
これまで乗ってきた三江線のディーゼルカーは浜原行最終列車となって
発車時刻を待っている。

 プラットホームの番号は駅の本屋に近いほうから1番線、
2番線と付けるのが原則となっている。しかし三江線のようにささやかな
ローカル線の場合、ホームを一面新設する必要はないが、本線の線路を
使われても邪魔なので1番線の片隅を切り込んで線路を引き込み、
専用の乗降場としている。
これが0番線である。したがって0番線に発着する列車は編成も短く、
乗客も少ないのが普通である。それだけに0番線の列車には旅情がある。

 そして小さなローカル線から三次駅のような大きな駅に降り立つと、
新鮮に思える。旅が一区切りついたと実感できる。
広島からの急行列車が到着した1番ホームを歩いて改札を抜けた。
今日の最長片道切符の旅はここで終了で、途中下車印をもらう。

 「一周してきましたか?」
と駅員どのに言われる。2日前に来たぼくのことを覚えていたらしい。
というか、最長片道切符という特殊な切符を覚えていたのだろう。
しかし、こういう駅員さんが迎えてくれるだけで、訪れた町の印象は
ガラリと変わる。鉄道マンは大切な職業だと思う。
疲れていたので、ビジネスホテルに入ってすぐに寝てしまった。



91.寄らば大河の陰

93.最後のディーゼル急行

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最長片道切符の旅・27日目
92.0番線旅情
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