9月26日(月)

 自分の家で寝ているつもりで目を覚ます。

 次の瞬間、旅先の宿にいるのだと気付いた。
あぁ。自分はいま旅に出ているのだという実感が布団の中で湧いてきた。
部屋の構造を思い出しながら手探りで灯りをつける。午前4時だった。
適度な時間を示していたので、旅の実感がさわやかなものとなった。

 準備をして鹿児島中央駅へと歩く。
まだ夏の香りがする。さすがに鹿児島は夜明け前でも南国だと思う。
今日は朝っぱらから楽しみにしていた指宿枕崎線に乗る。
まだ乗ったことのない路線ではなく、高校時代に乗ったことがある。
しかし、最北の宗谷本線、最東の根室本線には2時間遅れながらも
乗ったのだから、最南の指宿枕崎線に乗らないわけにもいかない。

 鹿児島中央駅2番線に4両編成のディーゼルカーが入ってきた。
5時03分発の指宿行普通列車である。頭上を九州新幹線のホームが覆い、
かつては“西駅”と呼ばれて親しまれたこの駅も変わったものだ。

まだ夜が開けきれぬうちに発車した。
夜明けとともに1日の旅をはじめ、夜更けとともに1日の行程を
終了してきた最長片道切符の旅だが、夜行だった大分を除けば、
夜明け前に出発するのははじめてである。
それだけ自分が西に移動してきていることに他ならない

 鹿児島運転所を左に見て郡元に停まる。
さらに鹿児島市電が並んで南鹿児島、宇宿に停まって永田川を渡ると
谷山駅に着く。何度ここから福岡へ旅立ったというか帰省したかわからない。
なつかしい。帰りはここで途中下車しようと思う。

 谷山を出ると慈眼寺、そして市内を見渡せる丘を上って坂之上に停まる。
本当に坂の上にある駅。ここから下って五位野、動物園が近い平川、
瀬々串、中名と停まっていく。車窓に灯りがないのは、おそらく鹿児島湾に
沿って走っているためであろう。少々出てくるのが早すぎたかもしれない。

 暗闇の中に日本最大の石油備蓄基地である、喜入の大きな石油タンクが
薄っすらと見えながら前之浜、生見に停まる。昼間なら車窓をぶち壊しに
されるのだろうが、それもない。タンカーは見えないし海面に張り出した
埋立地もはっきりと見えない。その規模には目を見張るものがある。

 前の席に足を投げ出してぼんやりと漆黒の海を眺めていると
東の空が白んできた。桜島もシルエットなって浮かび、後方に遠ざかる。
鹿児島湾を隔てて連なる山々は大隈半島である。カルデラ湖として知られ、
九州最大の湖である池田湖への道をくぐって薩摩今和泉に着く。

 指宿に近づくにしたがってフェニックスなどの苗木畑が多くなる。
海岸線に沿った道路との間にも亜熱帯植物が点在していて南国らしい。
国道をくぐって浜辺に下りると宮ヶ浜駅。海に別れを告げて内陸に進むと
二月田に停車。二月に田とはいかにも南九州らしい。
畑の多い鹿児島にしては珍しく水田があり、なるほどと思う。

 二月田から5分で中核駅・指宿に着いた。
この列車の終点だが、乗り換え4分なので改札の外に出る余裕はない。
1番線から2番線に移ると、1両のディーゼルカーがぽつんと停まっていた。
以前来たときには、2両運転だったはずだがさらに減量させられたらしい。
最果てはどこもかしこも1両運転みたいだ。長い編成で堂々と走られても
旅情が感じられないだろうから、歓迎してしまう。
沿線人口がそこまで減ってしまったとは考えたくない。

 6時10分、ブルブルンと身を震わせてから発車した。
指宿枕崎線は温泉場である指宿を境に大きく姿が変わる。指宿以北は
鹿児島市の近郊路線であり、鹿児島中央から快速列車が運転されている。
次の山川までは区間列車もあるが、その先は典型的なローカル線になる。

 列車は短い勾配を上り、岬の上を大きく右に曲がって山川湾に出る。
火口湖と海とがつながってできた天然の良港であり、湖のように静かな
海面には漁船が模型のようにぎっしりと集結している。そして山の向こうには
開聞岳が顔を覗かせていた。そのくらい昨日今日は晴れている。

 山川は薩摩半島の南端にあって、しかも鹿児島湾の入口にあるから
古くから要津として栄えてきた。異国船番所が置かれたり、島津藩の
琉球出兵の基地になったりしたという。現在は枕崎とともにカツオ漁業の
基地としてにぎわっている。駅前には定食屋もあった。
山川駅で高校生がたくさん乗ってくる。この時間の月曜日ならやむを得まい。
だが、朝という時間は最も空気が澄んでいて、景色が輝きを見せる時間でも
あるから、旅をするのには最もよい。風光明媚な路線ならなおさらである。

 山川からトンネルを抜けると眼前に開聞岳が現れた。
薩摩富士と呼ばれるだけあって美しい山である。最北の車窓を彩るのが
利尻富士なら、最南は開聞岳である。この山はあまり知られていないのが
残念だ。指宿のさらに奥にこんな美しい山があるとは誰も思うまい。
鹿児島の人以外は、訪れた人にしかわからない。巨大ウナギで有名な
池田湖からも見える山なのだが、知っている人は意外に少ないのである。

 山裾から頂まで美しく稜線が延びている。
裾は海へと落ち込んでいるので海上アルプスのようだ。薩摩半島の
南端にあり、鹿児島湾の入口なので昔は“海門岳”と書いたらしい。
それが“かいもん”の由来になっている。開聞岳には高校2年生のときに
登った。登山路は螺旋を描いて山を一周するので、東に大隈半島、
南に九州最南端の佐多岬、西に坊津と東シナ海、北は鹿児島湾と桜島を
見ることができた。一生に一度は登りたい山だと思った。
だから、この山がすっきりと見えたときには本当にうれしくなる。
ぼくの一番好きな山である。



指宿枕崎線の旅 A 旅路の果てに

指宿枕崎線の旅 B 北緯31度11分


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