可部まで往復したあとは広島に戻る。

 乗換え時間が30分あったのでお好み焼きを買おう。
今日はまだ何も食べていない。広島で食べられるかと思っていたら
ローカル線に乗り潰すことを優先してしまったし。

 11時29分発の呉線・快速<安芸路ライナー>広行に乗る。
入線してきた3両編成の電車は103系という通勤型だった。
落胆してしまう。これでは横向きに座って車窓に背を向けるだけでなく、
立っている人と向かい合わねばならない。そんな状況下でごはんを
食べられるほど神経が太くないと思っている。

 案の定、人でいっぱいになった。
発車してもお好み焼きは食べられない。食べようものなら周囲から
視線を浴びて蜂の巣にされてしまう。自爆したくないのでやめておく。
でもお好み焼きの香ばしい匂いがしてこない。なぜだろうかと思って
見てみると、ビニルの口をゴムで巻いてあるのだった。
ありがたい。

 広島貨物ターミナルと広島運転所に挟まれた
天神川という駅に停まる。新しい駅なのではじめて停まった。
向洋を通過し、海田市から呉線に入り、単線となって南下する。

 矢野に停車。
3分の1がここで降りた。混雑は何だったのかと思ってしまうが、
次の坂駅でも何人か降りた。結局のところ、広島近辺は列車の長さの
わりに人が多いということなのだろう。

 水尻、小屋浦と通過すると海が見え始める。
瀬戸内海なのだが、間に道路があって邪魔である。
呉ポートピア、天応、かるが浜、川原石に停まり、市街地が現れると
造船の町・呉に着く。半分ぐらい降りて、同じだけの乗車があった。
呉から安芸阿賀、新広と停車して12時10分、終点・広に到着。

 向かい側のホームの電車に乗り換える人がほとんどだった。
それに紛れて2両編成の三原行普通電車に乗り換える。
またしても横向きに座るロングシートで、その上乗客が多い。
とほほである。こんな場合は左右どちらに絶景が広がってもその窓に
見入ることはできない。ボックスシートなら満席であっても遮られずに
車窓に見入ることは可能である。幹線系統よりもローカル線のほうに
そういった列車が多いのは皮肉である。

 7人がけの椅子に座ってしまったので、
振り返って車窓を楽しむこともできぬまま眠ってしまう。
起きたら仁方、安芸川尻、安登、安浦、風早を過ぎて安芸津だった。
まだ寝ぼけた状態で、はっきり思い出せるのは竹原からである。

 仁方はかつて、数少ない国鉄航路である仁堀航路の発着していた
土地である。地元の人しか知らないだろうが、仁方から対岸の
堀江までを結んでいた国鉄航路である。堀江は予讃線の駅で
松山から程近いところにある。この仁堀航路があれば、四国への
出入口がもう一つできることになり、最長片道切符の旅の経由地に
四国が記載されるはずであったが、残念ながら廃止されている。

 大乗、安芸長浜、忠海、安芸幸崎と停まる。
長いホームと広い構内に朽ちた敷地の駅が多く見られる。
これはおそらく、軍艦を建造する造船所のあった呉へ伸びる線路ゆえに
軍用列車が数多く運転された名残であろう。当時の日本海軍といえば
世界屈指の強さを誇った。軍港都市・呉の威力で幹線並の扱いを
受けていた路線でもある。展望車を連結した急行も走ったという。
その当時の面影を、呉線はいまにとどめているのである

 安芸幸崎から瀬戸内海に沿って走る。
いまにも手が届きそうなところに海がある。波の音が聞けそうだが、
電車の音にかき消されている。戦前はもちろん、戦時中もこの区間を
走る列車はブラインドを降ろすよう車掌が言って回ったという。
軍艦が見えるとまずいからだろう。今日は瀬戸内海が見えている
だけで、軍港や軍艦などあるはずもなく、造船所のドックが見えるのみ。

 須波を出ると高架橋を上り、左から山陽本線と新幹線の高架橋が
近づいてくると13時40分、終点・三原着。風光明媚だったが、
あまりローカル線としてのんびり楽しめる路線ではなかった気がする。
もっとも、車窓を楽しむために鉄道が敷設されているわけではないから、
ぼくが言うのは戯言にすぎない。ただ、移動手段としての鉄道ではなく
乗ること自体に価値が見出せたらと思わせる路線だった。




最長片道切符の旅・28日目・三次〜広島

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