81番目の路線・山口線の旅を終えて益田に着いた。

 隣のホームから鳥取行の特急<スーパーまつかぜ10号>が
発車していくのを尻目に改札を出る。益田で食べたことのある
立ち食いうどん屋はシャッターが下りたままだった。
そんなに乗客が減ったのだろうかと思う。

 キオスクに行くと駅弁が置いてあった。
訪れた人にしかわからない、時刻表に載っていない駅弁がここには
あるのだ。松茸めし、さざえ飯、かにちらし寿し、サバの姿寿司、
サバ焼寿司、鶏炊き込みごはん。日本海の海の幸を堪能するのは
ここで最後になると思うので、さざえ飯にする。
お昼時に来ないと売り切れになるらしい。

 益田駅3番線で待っていると、12時55分、
1両のワンマンカーがやってきた。13時07分発の長門市行である。
この山陰本線も4度目だが、これで最後である。乗り込んで荷物を
置くと地元の人たちも多く乗り込んできて発車した。

 しばらくするとごはんや漬物、おかずの匂いがぷんぷんしてきた。
何かと思って見てみると、みんな弁当を広げている。ワンマンカーは
地元の人々の憩いの場になっていたのである。ロングシートで
向かい合い、まるで遠足のようだ。こんな風景は山陽では絶対に
見ることはできない。同じ横座りの座席でも山陽と山陰では捉え方が
違うらしい。感心しながらも、負けじとさざえ飯を開封する。
つぼ焼きとサザエの炊き込みご飯。うまい。

 山陽は工業が発達していて山陰よりも都会である。
その代わり、山陰は農業や漁業に携わる人の割合が多くて同業者も
多い。それゆえに地域の人々の連帯感が強いように思う。
人々から笑顔が絶えないのもそのためだろう。そして、それぞれが
駅で降りるときに「またね。」と声を掛け合って降りていく。
曇りがちな天気が多い山陰地方の人のほうが
笑顔が曇っていないとは皮肉である。

 益田を発車した列車は、人家の少ない日本海岸を走って
戸田小浜、飯浦、江崎、須佐と停まる。今日は天気がいい。
山陰本線でこんなに晴れたのははじめてかもしれない。
曇りの日が多い山陰と晴れが多い山陽。中国山地を隔てても
距離は100kmほどで、その変化は分水嶺で劇的に変化する。
これが陰陽連絡の楽しみでもある。

 山陰本線は海がよく見える。
出雲市以西はほとんどが海岸を走る。どの集落も海岸近くの入江に
発達したものだったり、漁村だったりするから工場はほとんどない。
そして地形も険しいから山陽本線よりも段違いに眺めがいい。
京都から下関に至る長大な幹線でありながら、ひなびている。
それなのに廃止になってしまわないのは、
すべての駅が誰かの最寄り駅だからである。
過疎の進んだ土地はマイカーよりも鉄道で移動する人のほうが
本当は多いのである。

 そんなローカル本線の列車に揺られながら、
入江を跨ぐ鉄橋を渡ったりするので波打ち際がよく見える。
益田〜長門市間は山陰本線で最後に開通した区間だから、
トンネルや鉄橋がコンクリートの箇所がある。しかしぼくは
凹凸のないコンクリートよりもレンガ積みのほうが好きだ。
1つ1つ積まれたブロックが地形を克服する努力の積み重ねに
見えて、なんとも趣があるからである。

 海辺の駅・宇田郷で益田行普通列車とすれ違う。
ここも素晴らしい雰囲気の駅である。次の木与で遠足と思しき
保育園児たちが20人ほど乗ってきた。今度は園児の遊び場と化す。
しかし何か懐かしい。西鉄宮地岳線に乗って“かしいかえん”に
遊びに行ったときの遠足を思い出す。保育園の頃と言えば、
そばに西鉄宮地岳線が走っていて、昼寝の時間は列車が通るたびに
目を覚ましていた。これも思い出に出会う旅だろうか。

 山陰の西の端でようやくわかった旅の意味。
自分の片隅にある風景に出会い、今まで見たことのない風景に
出会い、同時に自分の住む国・土地の美しさに触れ、それを
教えてくれる人たちに出会う旅なのである。

 寝ている園児もいる。
眠くなる時間に列車に乗ると睡魔には勝てない。
線路の音は子守唄、乗っているのは列車と言う名のゆりかご
だからである。おそらくぼくのように列車が好きな子供でも
間違いなく寝てしまう。保母さんが起こして、彼らは母親が
迎えに来ていた東萩駅で降りていった。

 萩は長州藩の城下町である。
中心は東萩のほうにあり、ぐるりと回って萩駅に着く。
20人ほどが乗ってきた東萩とは対照的な無人駅。
乗ってきた人たちも玉江、吉見と停まるうちに降りていく。
どの集落も入江に発達しており、餘部や香住に似ている。
違う点と言えば石州瓦の赤い屋根である。
コバルトブルーの海は共通しており、ひなびた風景が続く。

 飯井、長門三隅に停まり長門市の湾に降りてくると
14時54分、長門市駅到着。途中下車印をもらうときには
やはり驚かれる。親しみやすい駅員さんばかりである。
“さよなら・いそかぜ号”のオレンジカードを買う。ぼくの好きだった
特急の一つである。すると、なくなってしまった列車だからと、
記念乗車証をくれた。今朝の山口駅では
「滅多にない切符をもった人だから」
と、SLやまぐち号の記念乗車証をもらった。
今日はいい日である。人の温もりややさしさに触れる日だ。

 長門市は“汽車”の雰囲気を残す旧型の客車列車と
それに多く乗っている“行商のおばさん”のイメージが強い。
かつて、門司駅を朝4時半に出る普通列車があり、
それが行商列車であった。しかし、いまの時刻表にはない。
思い切って駅員どのに訊いてみると
「8時16分発の仙崎発厚狭行普通列車がそれです。
美祢線の列車ですよ。」との答えが返ってきた。
まだ残っているらしい。
その行商列車の始発駅である仙崎に行ってみよう。
時間もある。魚市場と終着駅のある土地が仙崎である。




96.思い出に出会う旅

  魚市場と終着駅

98.石灰岩地帯をゆく

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最長片道切符の旅・29日目
97.列車という名のゆりかご
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