9月24日(土)

 今日はまだ最長片道切符の旅に出るまでに
もう1つクッションを置こう。

 佐賀県に残る未乗路線に乗ろうと思う。
福間発9時04分の快速電車に乗り、鳥栖で長崎本線に
乗り換える肥前浜行普通列車は817系という電車。
5列で1つの大きな窓である。
当然固定窓だが、もう窓を開けて旅をする時代では
ないのかもしれないなと思ってしまう。

 佐賀で降りると、唐津線・多久行の普通列車が
停まっていた。唐津線が第1目標で、唐津行でなければ
用をなさないのだが、多久行は臨時列車なのに
降りてすぐに迎えてくれた。
「多久で降りてみろ」ということなのだろう。
乗客も少ないことだし乗ることにする。

 佐賀駅1番線といえば、国鉄佐賀線が発着していた
ホームである。佐賀線と言うと、途中の諸富駅近くにあった
筑後川の昇開橋を見に行ったことがある。
昇開部分には係員がいて、列車の通過時刻になると
可動部分が下りてきて線路がつながる奇妙な鉄橋だった。

 10時42分、佐賀駅をあとにする。
高架で市街地を抜けると貨物駅として、コンテナが
山積みされた鍋倉駅に停車し、佐賀バルーンフェスタのとき
のみ営業するバルーンさが駅を通過する。
そして久保田駅から唐津線に入る。

 右に大きくカーブを切って長崎本線と分かれ、
前方に背振の山々が現れる。筑紫山地までは雲が多かったが、
さすがに佐賀平野だと思う。雲はちぎれ雲になり、
スカッとした空が広がる。雲の浮かび方まで独特だ。

 佐賀平野に網の目のように張りめぐらされた
クリークと呼ばれる用水路をいくつも渡り、小城に停車する。
さらに東多久、中多久と停まって山中に入るところで
終点・多久に着く。

 委託か、佐賀駅から出向していると思しき駅員どのが
迎えてくれて途中下車を認めてくれた。
今日自分が持っている切符は、伊万里までの乗車券である。
30分後の西唐津行を待つ。

 多久は背振の山々の西にある小さな町。
待合室には生花があったり、ホームにも鉢があって
地元の手で守られている。
11時39分に西唐津行のディーゼルカーがやってきた。

 多久からは厳木にかけてが分水嶺だが
峠のサミットらしき様子もなく、じりじりと勾配を上りつめた
ディーゼルカーはトンネルを抜けて厳木駅に着いた。
蒸気機関車時代の給水塔らしきレンガ造りの建物と
広い構内が昔を偲ばせる。
ここも峠越えを控えた何かしらの拠点だったのだろう。
右手には水田が広がり、万寿紗華の花がたくさん咲いている。

 厳木から先、岩屋、相知を過ぎると、
見たことがあるようなトラス型の鉄橋が現れ、
渡り終えると同時に伊万里からの筑肥線が現れる。
20年前にこの鉄橋を外から見たことがあった。
国鉄松浦線廃止直前のこと。
松浦線に乗った帰りに、伊万里から筑肥線に乗って
山本に着く前に高台からこの鉄橋を見て
「唐津線は新しい路線なんだ。」と思ったことがある。
渡ってみると確かに近代的だった。

 筑肥線が寄り添うと複線のようになったまま
本牟田部に停車。筑肥線側にはホームも駅もなく、
そのまま山本駅に到着。この列車に乗ったまま唐津まで
行ってもいいが、せっかくなので降りたことのない山本駅で
降りてみよう。

 何もない駅とは思う。
だがしかし、何かある駅とはどんなところのことかと思う。
駅に何を期待しているのかと思う。
乗降場の機能を果たせば駅は駅である。
何かあってもなくても駅なのだ。
何かある駅のほうがよっぽど不自然だと思う。

 ローカル線の無人駅を“何もない駅”と表現する人が
よくいるがそれはとんでもないと思う。
何もないと思われがちな駅ほど風情がある。
趣があると思う。
そこに駅がある以上、利用する人がいる。
人々の営みと、その駅・路線の営みがあり、
ホームにもベンチにも年月の積み重ねがある。
それを感じ取ることにこそ、途中下車の味があると思う。
山本駅。
きれいだが、現代的な新しさはなく、温もりと歴史を感じる駅。
ベンチに座ってのんびりする。
こういうときは何もしないほうがいい。


 1時間後の唐津線・佐賀行ディーゼルカーが発車したあと、
13時07分に伊万里行普通列車がやってきた。
ここからは筑肥線に乗る。




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