ドアが閉まって動き出すと、東北本線と分かれる。
市街地は安積永盛で尽きてしまっているらしく、
左にカーブを切ってしまえば田園風景ばかりが広がる。
遠くまで見渡しても山並みがない。
低い丘のようなものばかりで、この辺りは丘陵地帯のようだ。

 途中、きれいに護岸工事をされている川を渡る。
安積疎水だろうか。小高い丘を抜けたりする以外には
水田とトウモロコシ畑、それにぽつぽつとあるビニルハウス
ばかりである。カカシもたくさんある。のどかだ。
台風前のどんよりとした曇り空ではあるが、
空模様がいかなるものであろうとも草花は揺れ、天を仰ぎ、
青々としている。その中に線路は伸びる。
晴れていれば、草萌ゆる夏の風景であろうことは
想像に難くない。

 畑を耕す人もいれば、トラックのそばで座って休む人もいる。
おにぎりを手に笑顔を見せているのだって、日常の一部だ。
どこか昔話のような風景でもある。関東に程近いところに
こんなところがあるとは思わなかった。
自転車で畑に向かう人もいる。こんな風景を見ていると、
日本人はやはり農耕民族なのだなと思う。
ぼくだっておそらくそうだ。
久しぶりに実家に帰省して、しばらく畳の上に座っているだけ
なのに、股関節が痛くなることがある。
椅子に座って生活するスタイルは、
日本人には合わないらしい。畑のそばや畳の上で
座っているのが一番日本人らしいのだ。
この付近で農業を営む人たちが、車窓というものを通して
教えてくれた気がした。

 使われなくなったホームにたくさんの花が植えられている
泉郷に停まる。無人駅はみんなのものだという土地の姿勢が
よく表れている。それにしても。こんなに水田が続くのに
まったく風景には飽きない。不思議である。
稲というものがもつ力なのだろうか。

 10時03分、磐城石川着。
対向列車行き違いのため、10分停車する。
途中下車印をもらう。
「途中下車印?ないよ。
ここ数年途中下車なんてなかったから使ってないんだよ。」
たしかに利用客は地元の人ばかりで、途中下車する人は
なさそうだ。しかたがない。と思っていたら、
「あったあったあったよ!どこに押すんだい?」
と、呼び戻された。
「どこに押してもいいの?まぁーた、いろいろ乗ったなぁ!
おい!」と言いながら逆さまに押してくれた。
「逆さまなら目立つだろ。」とのこと。
怒られてるんだか親しみをもたれてるんだかいまひとつ
わからなかったが、おもしろい駅員さんだった。

 ホームに花が植えられている。
ローカル線にはこうして人々の手によって息づいている駅が
多い。うれしいことである。
車掌どのも振りかぶって“第1球”を投げている。
タバコで一服するのとなんら変わらない行為に見える。
これが都会だと「ちゃんと仕事をしろ!」という目で
見られるから不思議である。仕事内容は同じ、むしろ
ローカル線の方が切符の発行などに忙しいはずなのに、
乗っている人によって勤務評価が変わる。
自分勝手なものだと思う。

 運転士に話しかけられた。
「全国回ってんの?いっぱい日記書いたなぁー!」
そう見えるのだろうか?
であればうれしいかぎりだ。

 10時13分、磐城石川をあとにする。
里白石、磐城浅川と停車しても2,3人乗って2,3人下車。
これが繰り返される。本当にこの路線を必要としている
人たちが使っている気がする。磐城塙、磐城石井と
停まりながら、東館で2分停車。郡山行普通列車とすれ違う。
ここにも花が植えてあった。

 谷に入っていく。深くはない。
川と絡み合いながら、右へ左へカーブを繰り返す。
どうやら久慈川のようだ。矢祭山駅ではツツジの名所という
看板もあった。河原で鮎を釣っている人もいる。
これが奥久慈の風景らしい。

 磐城から常陸に変わって、11時17分に常陸大子着。
水郡線営業所もある中枢駅で社員寮も見えた。
6分停車の間に後ろの1両を切り離す。
その間に途中下車印をもらう。
「どこに押せばいいのよ?」「んぁ?どうした?」
と言いながら駅員が集まってきた。
どうやら途中下車印が多ければ多いほど効果は絶大らしい。
「石川駅でももらったか?よく下車印見つけたなぁ。」
食いつきがよすぎるのだ。
これから先は楽しめる場面も多くなりそうだ。
だが同時に、この切符の行先である肥前山口駅に着いた時、
はたしてぼくはどんなことを考えているのだろうかと
思うようになっていた。

 昨日、長野新幹線の中で買った“峠の釜飯”を開ける。
食べるタイミングを失っていたのだった。
横川駅・おぎのやの名物駅弁。釜飯の容器はプラスチック
ではなく、益子焼の立派な容器である。
ごぼう、椎茸、筍、鶏肉、栗の煮物が炊込みご飯の上に
載っておりグリンピースと杏。純粋な釜飯だ。
それに香の物が入った小さな容器も付く。
飽きることのなさそうな美味さ。
これを碓氷峠の車中で食べたら格別だっただろうと思う。
碓氷峠とともに明治14年から歩んできたという“おぎのや”の
歴史を感じながら、失われた車窓に思いを馳せた。

 水郡線は奥久慈を出たらしく、田畑の中を駆ける。
山方宿、野上原、玉川村と停まって常陸大宮で10人くらいが
乗ってきた。坦々と走ってきたが、郡山から水戸まで
142.4kmもある。長大ローカル線なのだ。
この列車も水戸まで3時間半ぐらいかかっている。

 正午を回って瓜連、常陸鴻巣と停まれば
12時21分に上菅谷着。下車する。
ここから水郡線の支線に乗って常陸太田までを乗りつぶす。
乗ってきた水戸行が3番線から発車するのを見送ってから
1番線に向かう。最長片道切符の途中下車印をもらい、
常陸太田行の普通列車に乗り込む。

 常陸太田から上菅谷まで戻る。

13時25分に上菅谷駅1番線に着いてから、
接続5分で水戸行普通列車に乗る。
郡山側は本数の少ない水郡線だが、水戸側はそれなりに本数もある。
県庁所在地であるか、そうでないかの違いだろうか?

 上菅谷を出ると中菅谷、下菅谷に停まり、13時47分水戸に着く。
東京の雰囲気がする。さすがに関東だなと思う。
長野や新潟とは違って見える。

 途中下車印ももらう。
「おぉーすごい切符ですね。どこに押しましょうか?
その前にどのハンコがいいでしょうか?」と言う。
訊けば上菅谷と同じ小さいものか、水戸駅だけの正方形のものか。
迷わず後者である。
「いいインクを使えよ、こら。」と主任が口を挟んでいた。
いい雰囲気の駅だ。若い駅員がはきはきとして
手際よく仕事をこなしているのは清々しくもある。

 駅弁屋で“印籠弁当”を買う。
いわき駅で買い損なった弁当だ。改札を抜けて5番線に下りる。
13時56分発の土浦行が遅れていた。
そのあとに入線してきた14時04分発の
水戸線・小山行普通電車に乗る。
なんと九州地区で活躍するのと同じ415系電車だった。
色は違えど懐かしさを拭うことはできない。
北部九州で育ったぼくにとっては最も馴染みの深い電車である。

 あわただしく発車すると、下り線のホームしかない偕楽園駅を通過。
春しか営業していない駅である。
15分ほどで友部駅に着く。
ここで今日の最長片道切符の旅は終りである。
このまま小山行普通電車に乗って、小山まで戻る。
水戸線と、宇都宮から分岐する日光線も乗ってしまいたい。
そういう魂胆である。
そのために早めに出たのであった。



32.鈍行列車・悲喜こもごも

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34.大混雑・フレッシュひたち

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最長片道切符の旅・12日目
33.草萌ゆる水郡線
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